はじめに
両親が特定の子に対して、大学進学などの学資を特別に負担していた場合、その経済的サポートは、他の相続人との公平性に影響し得るのでしょうか?この点は、相続における「特別受益」の問題と密接に関わっています。以下では、ご相談者が相続対策を検討する場面を想定し、学資負担と特別受益の関係を説明します。
Q&A
ご質問1
当社は私が一代で築き、今後は子どもたちに事業承継を検討しています。そんな中、私自身の相続を想定すると、子どもの一人が大学進学時に相当な額の学費を私たち夫婦が支払いました。他の子には同等の支出がなく、その差が将来的にトラブルになるのではと心配しています。
学資への支出は相続時に『特別受益』として考慮されるのでしょうか? それとも親として当然の扶養の範囲であり、特別受益には当たらないのでしょうか? 事業承継や不動産分配など複雑な問題もある中、公平性をどう担保すべきか、専門家の見解を知りたいです。
回答
ご質問ありがとうございます。ご指摘の点は、相続で生じやすいトラブルの一つです。
民法上、相続人の中で特定の者が被相続人(亡くなった親)から生前贈与を受けていた場合、その利益を『特別受益』(民法903条)として相続分を調整する仕組みがあります。
ただし、親が子の学費を負担する行為は、通常は『扶養義務』の範囲とされ、必ずしも特別受益に該当しません。もっとも、著しく高額な学費や他のきょうだいと比較して極端な優遇があれば、特別受益として考慮される可能性も否定できません。
結局は個別事情による判断であり、経営者の方が将来の紛争を回避するためには、早めに専門家へ相談し、遺言書作成や事業承継計画の策定、相続人間のコミュニケーションなど総合的な対策が重要です。」
ご質問2
子どもの一人だけに大学の学費(入学金、授業料、留学費用など)を両親が全額負担した場合、相続の際にその支出分はまったく考慮されず、他の相続人との不公平が放置されることになるのでしょうか?」
回答
一般的には、親が子どもの大学進学費用を負担することは、親の扶養義務の範囲内と解釈される傾向が強く、原則として特別受益に該当しないとされています。すなわち、民法上、親には子を扶養する義務があり(民法877条)、子どもの学費を負担することは、この扶養義務の一環と見なされることが多いのです。
しかし、絶対的な基準があるわけではありません。たとえば、他のきょうだいと比較して極端に高額な支出や、子どものために大規模な資金援助を行った場合、それが単なる扶養を超える「贈与」と評価され得る可能性があります。その場合には、特別受益として相続分の調整対象になることもあり得ます。
ご質問3
では、私立の医科大学など極めて高額な学費や、長期海外留学など特別な事情がある場合はどうでしょうか? そのような場合には、学費が特別受益と判断される可能性は高まるのでしょうか?
回答
私立の医科大学進学や海外留学など、非常に高額な費用が発生するケースでは、一般的な『扶養の範囲』を超えた経済的利益を子が一方的に受けたとみなされやすくなります。民法903条は特別受益に関する規定で、この条文上、婚姻又は養子縁組のために贈与を受けた場合や、遺贈を受けた場合が特別受益に含まれていますが、学費に関する記述は明文ではありません。しかし、判例・実務上、特別受益か否かは個別的な判断がなされ、高額な学費が「単なる教育費」を超える贈与的性質を帯びていると裁判所が判断すれば、特別受益として扱われる可能性があります。
とはいえ、「いくらなら特別受益か」という明確な金額基準は存在せず、家族の経済力、きょうだい間の均衡、費用発生当時の社会通念、親の意向など多角的に考慮されます。結局のところ、ケースバイケースであり、紛争の可能性がある場合は早めに専門家へ相談することをお勧めします。
解説
- 特別受益とは何か
特別受益とは、相続人の中の一人が、被相続人(亡くなった方)から生前に受けた贈与や遺贈が、他の相続人との公平を著しく乱すような場合、その不公平を是正するために、相続分計算の際に考慮される仕組みです。根拠条文は民法903条で、結婚資金の援助や生前贈与された不動産、株式などが典型例です。 - 学資の支出と扶養義務
子どもの大学進学費用は、親が子を養うための「扶養義務」(民法877条)の一環として理解されます。親の社会的地位や経済力、家庭環境から見て、大学進学が一般的な教育レベルと判断されるなら、学費は「扶養」の延長線上にあるとみなされ、特別受益には該当しないとされるのが通常です。 - 特別受益になる可能性があるケース
しかし、すべての学費が特別受益にならないわけではありません。以下のような要素があれば、特別受益と認定される可能性が高まります。- 著しく高額な学費:たとえば、医学部、歯学部、薬学部など、特に学費が高額な大学へ進学し、他のきょうだいが一般的な国公立大学へ進学または高卒で就職している場合など、極端な不均衡が生じているケース。
- 特別な事情による過剰な支援:海外留学や特殊な専門教育、資金援助が常識を超える範囲であれば、単純な「扶養」を超える贈与性があると判断されやすい。
- 家庭内の経済状況や子ども間の格差:親の財産状況を超えて多額の支出がなされている場合、他の子に比べて著しく不公平な利益を享受していると認定されることがある。
- 判断における諸要素
特別受益の判断は、明確な数値基準がないため、裁判所は次のような観点から総合的に判断します。- 家族全体の経済状況:所得や資産規模
- 被相続人の意図:なぜその子にだけ多額の費用をかけたのか
- 社会的通念:同時代の平均的な教育費や費用感覚
- 他のきょうだいとの比較:他の相続人が受けた援助とのバランス
- 実務上の対処法
- 遺言書による明確化:被相続人が生前に遺言書を作成し、特定の子への支出をどう扱うか、事前に明示することで、後のトラブルを防ぎやすくなります。
- 生前対話と合意形成:相続人間で事前に話し合い、学費支出を将来考慮するかどうか取り決める。
- 弁護士・税理士への相談:相続問題に詳しい専門家へ相談することで、適切な方針決定や必要な手続の整備を行えます。
弁護士に相談するメリット
- 複雑な法律問題の整理
相続問題は、民法を始めとする法律知識が不可欠です。弁護士に相談すれば、特別受益が成立するか否かといった抽象的な問題を、具体的事例に即して整理できます。 - 紛争予防と手続サポート
弁護士は、相続発生前からの対策(遺言書の作成、事業承継計画、贈与の記録化など)や、相続開始後の手続を円滑に進めるための助言が可能です。特別受益が問題化する前に、透明性を確保することで、将来の紛争リスクを大幅に減らせます。 - 調整的役割
相続人同士の話し合いは感情的対立を招きやすいものです。弁護士は法律的根拠(民法903条等)に基づいた説明や調停等の法的手続きを見据えた関与ができます。結果として、相続人間の事前調整が期待できます。 - 将来の不確定要素への対応
法律は常に社会状況や判例動向により変化し得ます。弁護士に継続的に相談することで、最新の判例動向や法改正に基づくアドバイスを受けられ、将来への備えができます。
まとめ
学資負担が特別受益に該当するかは、単純な二分法では片づけられません。多くの場合、子どもの大学進学費用は親の扶養義務の範囲とみなされ、特別受益として扱われない傾向があります。しかし、極端な不公平をもたらすほど高額な費用負担や特殊な状況下では、特別受益として考慮される可能性もあり、ケースごとの慎重な検討が必要です。
相続発生前に適切な遺言書の準備や、家族間での合意形成、そして弁護士への早期相談を通じて紛争予防に努めることが望まれます。特に事業承継や大きな財産分与が絡む場合には、専門家の助言がトラブル回避につながります。
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