はじめに
「遺産を独り占めしようとして、親の遺言書を書き換えてしまった」
「兄が父を騙して、無理やり自分に有利な遺言を書かせていたことが発覚した」
相続の現場では、時として骨肉の争いが極限まで達し、このような不正行為が行われることがあります。しかし、民法は相続の公平性を保つため、こうした重大な不正を行った相続人に対し、厳しい制裁を用意しています。それが「相続欠格(そうぞくけっかく)」です。
相続欠格に該当すると、何の手続きを経ることもなく、法律上当然に相続権を失います。これは「相続人の廃除」よりも強力で、有無を言わせぬ措置です。
本稿では、どのような行為が「相続欠格事由」に当たるのか、特にトラブルになりやすい「遺言書の偽造・破棄」の判断基準を中心に解説します。また、よく混同される「廃除」との違いや、欠格者がいる場合の遺産分割の進め方についても説明します。
Q&A
Q1. 父の遺言書を見つけましたが、自分に不利な内容だったので破り捨ててしまいました。相続権はどうなりますか?
遺言書の破棄は「相続欠格事由」に該当する可能性が高く、その場合、あなたは相続権を失います。ただし、単に破っただけでなく、「相続において自分が有利になる(または他の相続人を不利にする)という不当な目的」を持っていたかどうかが重要な判断基準となります。もし欠格者となれば、最初から相続人ではなかったものとして扱われます。
Q2. 「相続欠格」と「相続人の廃除」は何が違うのですか?
最大の違いは「被相続人(亡くなった方)の意思が必要かどうか」と「手続きの有無」です。「廃除」は被相続人が「財産を渡したくない」と意思表示をし、家庭裁判所に申し立てる必要があります。一方、「欠格」は遺言書の偽造や殺人未遂など、法で定められた悪質な行為があれば、被相続人の意思に関係なく、手続き不要で自動的に相続権を剥奪される制度です。
Q3. 私が相続欠格になった場合、私の子供も相続できなくなるのでしょうか?
いいえ、お子様(被相続人から見た孫)は相続できます。相続欠格の効果は、不正を行った本人にのみ及びます。欠格者に子供がいる場合、その子供が代わりに相続する「代襲相続(だいしゅうそうぞく)」が認められています。
解説
1. 相続欠格とは?
相続欠格とは、相続人が民法第891条に定められた「不正な事由(欠格事由)」に該当した場合に、特別な手続き(裁判所の審判など)を経ることなく、法律上当然に相続権を失う制度です。
これは「人の命を奪って遺産を得ようとする者」や「遺言を不正に操作して遺産を得ようとする者」など、相続秩序を著しく害する者に対する民法上の制裁(ペナルティ)です。
2. 具体的な5つの欠格事由
民法では、以下の5つの行為を欠格事由として定めています。これらに一つでも該当すれば、相続権を失います。
(1) 故意に被相続人等を殺害し、または殺害しようとした(第1号)
被相続人(亡くなった方)や、自分と同順位・先順位にある相続人を殺害したり、殺害しようとして刑に処せられた場合です。
- 過失致死(不注意による事故など)や正当防衛の場合は含まれません。
- 「刑に処せられた」ことが要件なので、実刑判決だけでなく執行猶予付き判決も含まれます。
(2) 被相続人が殺害されたことを知って告発・告訴しなかった(第2号)
被相続人が殺されたことを知っていながら、警察などに通報しなかった場合です。ただし、その人に是非の弁別がない場合(幼い子供など)や、殺害者が自分の配偶者や直系血族である場合は除かれます。
(3) 詐欺や強迫によって遺言をさせたり、撤回・取消・変更させた(第3号)
被相続人を騙したり(詐欺)、脅したり(強迫)して、遺言書を書かせたり、内容を変更させたりした場合です。「お父さんの世話は僕だけがするから」と嘘をついて自分に全財産を譲る遺言を書かせた場合などが該当します。
(4) 詐欺や強迫によって遺言をすること、撤回・取消・変更することを妨害した(第4号)
被相続人が遺言書を書こうとしているのに、それを騙したり脅したりして邪魔をした場合です。「遺言なんて書くと縁起が悪いよ」と騙して書かせなかった場合などが該当します。
(5) 遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した(第5号)
実務上、最もトラブルになりやすいのがこの第5号です。
- 偽造: 被相続人の筆跡を真似て、勝手に遺言書を作成すること。
- 変造: 既存の遺言書の内容を勝手に書き換えること。
- 破棄: 遺言書を破り捨てたり、燃やしたりすること。
- 隠匿(いんとく): 遺言書があることを隠したり、発見されにくい場所に隠したりすること。
3. 「遺言書の破棄・隠匿」の重要な判断基準
「遺言書をうっかり捨ててしまった」「見つけたが、どうしていいか分からず引き出しにしまっておいた」といった場合でも、直ちに相続欠格になるわけではありません。
判例(最高裁平成9年1月28日判決など)では、遺言書の破棄や隠匿が欠格事由に当たるためには、単にその行為があるだけでなく、「不当な利益を得る目的(二重の故意)」が必要であるとされています。
- 相続欠格になる例
自分に不利な遺言書を見つけ、自分が遺産を多くもらうために破り捨てた。 - 相続欠格にならない例
遺言書を見つけたが、争いの種になると困ると思い、深い考えもなく破棄してしまった(不当に自分の利益を図る意思まではなかったと判断される場合)。
このように、行為者の「動機」や「目的」が厳しく審査されることになります。
4. 相続欠格と廃除の違い
「相続権を失う」という結果は同じですが、その性質は大きく異なります。
| 項目 | 相続欠格 | 推定相続人の廃除 |
| 原因 | 重大な犯罪行為、遺言への不正干渉(公益的理由) | 虐待、重大な侮辱、著しい非行(私的理由) |
| 被相続人の意思 | 無関係(法が自動的に剥奪) | 必要(被相続人が請求) |
| 手続き | 不要(事由発生と同時に効果発生) | 必要(家庭裁判所への申立て) |
| 戸籍への記載 | 記載されない | 記載される |
| 撤回 | 原則として不可能 | 被相続人の意思でいつでも取消可能 |
| 代襲相続 | あり(孫は相続できる) | あり(孫は相続できる) |
特に重要なのは、「手続きが不要」という点と、「戸籍に載らない」という点です。
相続欠格は自動的に効力が生じますが、戸籍には記載されないため、対外的に証明するためには別途手続き(後述)が必要になることがあります。
5. 相続欠格者がいる場合の手続き
(1) 欠格者であることを認めている場合
その人が「私は遺言書を偽造したので相続を辞退します」と認めている場合、その人を除外して遺産分割協議を行います。
ただし、後日のトラブルを防ぐため、「相続欠格証明書(または欠格事由に該当する旨の念書)」を作成し、署名・実印を押してもらうことが実務上推奨されます。不動産登記や預貯金の解約手続きでも、この書類を使用します。
(2) 欠格事由に該当するか争いがある場合
「破棄したが、不当な目的はなかった」「そもそも偽造などしていない」と本人が否定する場合、話し合いでの解決は困難です。
この場合、他の相続人は裁判所に「相続権不存在確認訴訟」を提起し、判決によって白黒をつける必要があります。この裁判で勝訴(欠格事由があると認定)して初めて、その人を除外して手続きを進めることができます。
6. 相続欠格と代襲相続
相続欠格の効果は、本人一身に専属します。つまり、親の悪事は子供には及びません。
例えば、長男が父の遺言書を偽造して相続欠格となった場合でも、長男に子供(父から見た孫)がいれば、その孫が代襲相続人として相続権を取得します。
このため、「長男の家系には一切財産を渡したくない」と考えていても、代襲相続によって結果的に長男の家庭に財産が流れてしまう可能性があります。これを防ぐには、予備的遺言や、孫への対応も含めた遺言書の作成が必要です。
弁護士に相談するメリット
相続欠格の問題は、「犯罪的行為」が関わるため、感情的な対立が激化しやすく、解決が困難です。弁護士に相談することで、以下のようなサポートが受けられます。
1. 「不当な利益を得る目的」の法的評価
遺言書の破棄や隠匿があったとしても、それが法的に「欠格事由」に当たるかどうかは専門的な判断を要します。弁護士は、過去の判例に基づき、当時の状況や行為の態様から、裁判所で欠格が認められる可能性を分析します。
2. 証拠の保全と訴訟対応
遺言書の偽造を疑う場合、筆跡鑑定の手配や、カルテの取り寄せ(判断能力の確認)、変造の痕跡調査など、専門的な証拠収集が必要です。また、当事者間での解決が不可能な場合は、相続権不存在確認訴訟などの法的手続きを代理します。
3. 相続手続きの円滑化
欠格者がいる場合の遺産分割協議書作成や、法務局・金融機関への説明は複雑になりがちです。弁護士が介入することで、法的に不備のない書類を作成し、手続きをスムーズに進めることができます。
4. 他の相続人との交渉
「お前は欠格者だ!」と直接詰め寄っても、相手は頑なに否定し、泥沼化することが想定されます。弁護士が第三者の立場から冷静に法的根拠を提示し、交渉を行うことで、無駄な争いを避け、早期解決への道筋を立てることができます。
まとめ
相続欠格は、遺言書の偽造や破棄といった不正行為に対し、相続権を即座に剥奪する強力な制度です。しかし、その認定には「不当な利益を得る目的」という主観的な要素が必要となるケースも多く、実際の適用を巡っては裁判になることも珍しくありません。
「遺言書がおかしい」「相続人の一人が勝手に遺言書を処分していた」といった事実が発覚した場合は、自己判断で動く前に、速やかに専門家へ相談することをお勧めします。
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、遺言書の効力を争う裁判や、相続欠格に関するトラブル解決に豊富な実績があります。相続の公平性を守り、正当な権利を実現するために、私たちがサポートいたします。少しでも疑念がある場合は、お早めにご相談ください。
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