【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
相続登記の申請の義務化【令和6年4月1日施行】
なぜ相続登記の申請を義務化?
相続が発生してもそれに伴って相続登記がされない原因として、①これまで相続登記の申請は任意とされており、かつ、 その申請をしなくても相続人が不利益を被ることが少なかったこと、②相続した土地の価値が乏しく、売却も困難であるような場合には、費用や手間を掛けてまで登記の申請をする意欲がわきにくいことが指摘されています。
そのため、相続登記の申請を義務化することで、所有者不明土地の発生を予防しようとしています。
相続登記の申請義務についてのルール
ア 基本的なルール
相続(遺言も含みます。)によって不動産を取得した相続人は、その所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならないこととされます。
なお、「被相続人の死亡を知った日」からではないため、相続人が不動産を取得したことを知らなければ、3年の期間は開始しません。
イ 遺産分割が成立した時の追加的なルール
遺産分割の話し合いがまとまった場合には、不動産を取得した相続人は、遺産分割が成立した日から3年以内に、その内容を踏まえた登記を申請しなければならないこととされます。
ケース別にルールの内容を整理すると……
【相続人がすべき登記申請の内容】
○ 3年以内に遺産分割が成立しなかったケース
- まずは、3年以内に相続人申告登記の申出(法定相続分での相続登記の申請でも可)を行う。
- その後に遺産分割が成立したら、遺産分割成立日から3年以内に、その内容を踏まえた相続登記の申請を行う。
- その後に遺産分割が成立しなければ、それ以上の登記申請は義務付けられない。
○ 3年以内に遺産分割が成立したケース
- 3年以内に遺産分割の内容を踏まえた相続登記の申請が可能であれば、これを行えば足りる。
- それが難しい場合等においては、3年以内に相続人申告登記の申出(法定相続分での相続登記の申請でも可)を 行った上で、遺産分割成立日(死亡日ではない)から3年以内に、その内容を踏まえた相続登記の申請を行う。
○ 遺言書があったケース
- 遺言(特定財産承継遺言又は遺贈)によって不動産の所有権を取得した相続人が取得を知った日から3年以内に遺言の内容を踏まえた登記の申請(相続人申告登記の申告でも可)を行う。
【相続人の一部の者が相続放棄をした場合】
その者は、初めから相続人とならなかったものとみなされる (他の相続人は、その者を除いた上で算定される法定相続分に応じて権利を取得することになる)。
→ 他の相続人は、当該相続放棄を知った日から3年以内に相続放棄後の割合による相続登記の申請義務を負う。
ウ 罰則
ア・イともに、正当な理由がないのに義務に違反して申請を怠った場合、10万円以下の過料の適用対象となります。
過料とは、法律秩序を維持するために、法令に違反した場合に制裁として科せられる行政上の秩序罰(罰金のような刑事罰とは異なるもの)です。国が科する過料については、基本的に裁判所における過料の手続を経ることとなり、裁判所は法務局からの通知で事実を把握します。
個別事情を丁寧に酌む運用を行うため、「正当な理由」の具体的な類型については、通達等であらかじめ明確化する予定とされていますが、以下のような場合には「正当な理由」があると考えられます。
【「正当な理由」があると考えられる例】
- ①数次相続が発生して相続人が極めて多数に上り、戸籍謄本等の必要な資料の収集や他の相続人の把握に多くの時間を要するケース
- ②遺言の有効性や遺産の範囲等が争われているケース
- ③申請義務を負う相続人自身に重病等の事情があるケース など
また、過料を科する際の具体的な手続についても、事前に義務の履行を催告することとするなど、公平性を確保する観点から、省令等に明確に規定する予定とされており、履行期間経過後でも催告に応じて登記申請がされれば、法務局から裁判所に過料通知はしないこととされるようです。
エ 経過措置
施行日(令和6年4月1日)前に相続が発生していたケースについても、登記の申請義務は課されます。
申請義務の履行期間については、施行前から開始しないように配慮されます。
具体的には、施行日とそれぞれの要件を充足した日のいずれか遅い日から法定の期間(3年間)が開始します。
相続人申告登記【令和6年4月1日施行】
相続登記の申請は大変
相続発生後は、遺産分割がなければ全ての相続人が法定相続分の割合で不動産を取得 (共有)した状態となります。
現行不動産登記法(以下、「現行法」といいます。)の下でも、この共有状態をそのまま登記に反映する方法(法定相続分での相続登記)がありますが、法定相続人の範囲及び法定相続分の割合の確定が必要であるため、 被相続人の出生から死亡に至るまでの戸除籍謄本等の書類の収集が必要であり、登記申請に当たっての手続的な負担が大きいものでした。
そこで、より簡易に相続登記の申請義務を履行することができるようにする仕組みが新たに設けられます。
相続人申告登記
①所有権の登記名義人について相続が開始した旨と、②自らがその相続人である旨を、申請義務の履行期間内(3年以内)に登記官に対して申し出ることで、申請義務を履行したものとみなされます(登記簿に氏名・住所が記録された相続人の申請義務のみ履行したことになります)。
申出を受けた登記官は、所要の審査をした上で、申出をした相続人の氏名・住所等を職権で登記に付記します。これにより、登記簿を見ることで相続人の氏名・住所を容易に把握することが可能になります。
相続人が複数存在する場合でも、特定の相続人が単独で申出をすることが可能です(他の相続人の分も含めた代理申出も可能です。)。
また、法定相続人の範囲及び法定相続分の割合の確定が不要となります。添付書面としては、申出をする相続人自身が被相続人(所有権の登記名義人)の相続人であることが分かる当該相続人の戸籍謄本を提出することで足りますので、資料収集の負担が軽減されることとなります。
なお、相続によって権利を取得したことまでは公示されないので、相続人申告登記は従来の相続登記とは全く異なるものといえます。
所有不動産記録証明制度【令和8年4月までに施行】
現状の問題点
現行法の下では、登記記録は、土地や建物ごとに作成されており(物的編成主義)、全国の不動産から特定の者が所有権の登記名義人となっているものを網羅的に抽出し、その結果を公開する仕組みは存在しません。
その結果、所有権の登記名義人が死亡した場合に、その所有する不動産としてどのようなものがあるかについて相続人が把握しきれず、見逃された土地について相続登記がされないまま放置されてしまう事態が少なからず生じていると指摘されています。
所有不動産記録証明制度
相続登記の申請の義務化に伴い、相続人において被相続人名義の不動産を把握しやすくすることで、相続登記の申請に当たっての当事者の手続的負担を軽減するとともに、登記漏れを防止する観点から、登記官において、特定の被相続人が所有権の登記名義人(※)として記録されている不動産(そのような不動産がない場合には、その旨。以下同じ。)を一覧的にリスト化し、証明する制度が新設されます。
(※)条文上は「これに準ずる者として法務省令で定めるものを含む。」とされており、将来的には、表題部所有者への拡大も検討予定とされています。
【所有不動産記録証明書の交付が可能な者の範囲】
ある特定の者が登記名義人となっている不動産を一覧的に把握するニーズは、より広く生存中の自然人のほか法人についても認められるとの指摘がされていることから、これらの者についても所有不動産記録証明制度の対象としつつ、プライバシー等に配慮して請求範囲を次のとおり限定することとしている。
- 何人も、自らが所有権の登記名義人として記録されている不動産について本証明書の交付請求が可能
- 相続人その他の一般承継人は、被相続人その他の被承継人に係る本証明書について交付請求可能
* 証明書の交付請求先となる登記所については法務大臣が指定する予定であり、手数料の額等については政令等で定める予定とされています。
所有権の登記名義人の死亡情報についての符号の表示【令和8年4月までに施行】
現状の問題点
現行法の下では、特定の不動産の所有権の登記名義人が死亡しても、一般に、申請に基づいて相続登記等がされない限り、当該登記名義人が死亡した事実は不動産登記簿に公示されないため、登記記録から所有権の登記名義人の死亡の有無を確認することができません。
もっとも、民間事業や公共事業の計画段階等においては、死亡の有無の確認が可能になれば、所有者の特定やその後の交渉に手間やコストを要する土地や地域を避けることが可能になり、事業用地の選定がより円滑になることから、所有権の登記名義人の死亡情報をできるだけ登記に反映させるべきであるとの指摘がされています。
死亡情報についての符号の表示
所有権の登記名義人の相続に関する不動産登記情報の更新を図る方策の一つとして、登記官が他の公的機関 (住基ネットなど)から取得した死亡情報に基づいて不動産登記に死亡の事実を符号によって表示する制度が新設されます。これにより、登記を見ればその不動産の所有権の登記名義人の死亡の事実を確認することが可能となります。
なお、符号の表示を広く実施していく観点から、住基ネット以外の情報源(固定資産課税台帳等)からも死亡情報の把握の端緒となる情報を取得する予定とされています。
住所等の変更登記の申請の義務化【令和8年4月までに施行】
なぜ住所等の変更登記の申請を義務化?
登記簿上の所有者の氏名や住所が変更されてもその登記がされない原因として、①これまで住所等の変更登記の申請は任意とされており、かつ、その申請をしなくても所有者自身が不利益を被ることが少なかったこと、②転居等の度にその所有不動産について住所等の変更登記をするのは負担であることが指摘されています。都市部では、住所変更登記等の未了が所有者不明土地の主な原因となっているとの調査結果もあります。
そこで、住所等の変更登記の申請を義務化することで、所有者不明土地の発生を予防しようとしています。
住所等の変更登記の申請義務についてのルール
ア ルール
登記簿上の所有者については、その住所等を変更した日から2年以内に住所等の変更登記の申請をしなければならないこととされます。
イ 罰則
正当な理由がないのに義務に違反した場合、5万円以下の過料の適用対象となります。なお、相続登記と同様に、「正当な理由」の具体的な類型については通達等で明確化し、過料を科す具体的な手続についても省令等に明確に規定する予定とされています。
ウ 経過措置
施行日前に住所等変更が発生していたケースについても、登記の申請義務は課されます。
申請義務の履行期間については、施行前から開始しないように配慮されます。
具体的には、施行日とそれぞれの要件を充足した日のいずれか遅い日から法定の期間(2年間)が開始します。
他の公的機関との情報連携・職権による住所等の変更登記【令和8年4月までに施行】
申請義務の実効性を確保するための環境整備策として、手続の簡素化・合理 化を図る観点から、登記官が他の公的機関から取得した情報に基づき、職権的に変更登記をする新たな方策も導入されます。
ただし、自然人(個人)の場合には、住基ネットからの情報取得に必要な検索 用情報(生年月日など)を提供する必要があります。また、変更登記がされるのは、本人の了解があるときに限られます。
自然人の場合
※住民基本台帳制度の趣旨等を踏まえ、本人による「申出」があるときに限定される。
- ➊ 所有権の登記名義人から、あらかじめ、その氏名・住所のほか、生年月日等の「検索用情報」を提供する。
- ❷ 検索用情報等を検索キーとして、法務局側で定期的に住基ネットに照会をして、所有権の登記名義人の氏名・住所等の異動情報を取得することにより、住所等の変更の有無を確認する。
- ❸ 住所等の変更があったときは、法務局側から所有権の登記名義人に対し、住所等の変更登記をすることについて確認を行い、その了解(「申出」と扱う)を得たときに、登記官が職権的に変更の登記をする。
→ 登記申請義務は履行済みとなる。
法人の場合
- ➊ 法務省内のシステム間連携により、法人の住所等に変更が生じたときは、商業・法人登記のシステムから不動産登記のシステムにその変更情報を通知することにより、住所等の変更があったことを把握する。
※改正法では、所有権の登記名義人が法人であるときは、その会社法人等番号を登記事項とすることとされており、この情報連携においても会社法人等番号の利用が想定されている。 - ❷ 取得した情報に基づき、登記官が職権的に変更の登記をする。
→ 登記申請義務は履行済みとなる。
外国に居住する所有権の登記名義人の国内連絡先の登記【令和6年4月1日施行】
現状の問題点
近時、国際化の進展の下で、海外在留邦人の増加や海外投資家による我が国への不動産投資の増加により、 不動産の所有者が国内に住所を有しないケースが増加しつつあります。
こうしたケースにおける所有者へのアクセスは、基本的に登記記録上の氏名・住所を手掛かりとするほかないのですが、 我が国のように住所の公示制度が高度に整備された国は少ないことなどから、その所在の把握や連絡を取ることに困難を伴うことが少なくないとの指摘がされています。
そこで、所有権の登記名義人が外国居住者である場合については、住基ネット等との連携によっても住所等の変更情報を取得することができないため、円滑に連絡をとるための特別な仕組みが必要です。
外国に居住する所有権の登記名義人の国内連絡先の登記
所有権の登記名義人が国内に住所を有しないときは、その国内における連絡先が登記事項とされます。具体的には、国内における連絡先となった者の氏名・住所等を登記することとなります。
国内連絡先となる者については、自然人でも法人でも可能とされています(不動産関連業者・司法書士等が給源となることが期待されています。)。
なお、この制度が定着するまでの間は、連絡先がない旨の登記も許容する予定とされています。
DV被害者等の保護のための登記事項証明書等の記載事項の特例 【令和6年4月1日施行】
現状の問題点
現行法上は、登記事項証明書等の交付請求により、誰でも登記名義人等の氏名・住所を知ることが可能です。
第三者に住所を知られると生命・身体に危害が及ぶおそれのあるDV被害者等については、実務の運用により、前住所を住所として登記をすることも認めたり、住所の閲覧を特別に制限したりする取扱いなどがされています。
DV被害者等の保護のための登記事項証明書等の記載事項の特例
DV被害者等についても相続登記や住所変更登記等の申請義務化の対象となることに伴い、現在の取扱いについて必要な見直しをした上で、DV被害者等の保護のための措置が法制化されます。
DV防止法、ストーカー規制法、児童虐待防止法上の被害者等を対象に、対象者が載っている登記事項証明書等を登記官が発行する際には、現住所に代わる事項を記載する制度が設けられました(本人からの申出が必要です)。
現住所に代わる事項としては、委任を受けた弁護士等の事務所や支援団体等の住所、法務局の住所などが想定されています。
形骸化した登記の抹消手続の簡略化【令和5年4月1日施行】
所有権以外の権利
ア 現状の問題点
所有権以外の権利についても、例えば、登記された存続期間が満了している地上権等の権利や、買戻しの期間が経過している買戻しの特約など、既にその権利が実体的には消滅しているにもかかわらず、その登記が抹消されることなく放置され、権利者(登記義務者)が不明となったり、実体を失ってその抹消に手間やコストを要したりするケースが少なからず存在するとの指摘があります。
また、現行法には登記義務者の所在が不明である場合における登記の抹消についての特例があるものの、手続的な負担が重いなどの理由で活用がされていない実情があります。
そこで、より簡便に、所有権以外の権利に関する登記の抹消を可能とする仕組みが必要です。
イ 形骸化した登記の抹消手続の簡略化
①買戻しの特約に関する登記がされている場合において、その買戻しの特約がされた売買契約の日から10年を経過したときは、実体法上その期間が延長されている余地がないことを踏まえ、登記権利者(売買契約の買主)単独での当該登記の抹消が可能となります。
※ 登記された買戻しの期間が10年より短い場合で、その期間を満了したときは、 ②の方法によることが可能です。
②登記された存続期間が既に満了している地上権等の権利に関する登記について、現行法所定の調査よりも負担の少ない調査方法により権利者(登記義務者)の所在が判明しないときは、 登記権利者単独での当該登記の抹消が可能となります。
担保権
ア 現状の問題点
被担保債権が弁済等により消滅しても担保権の登記が抹消されず、登記がされてから長い年月を経た担保権の登記が残存していることがあり、これがあると不動産の円滑な取引を阻害する要因となります。
また、現行法には、登記義務者の所在が知れないため共同して登記の抹消を申請することができない場合 において、被担保債権の弁済期から20年を経過し、かつ、その期間を経過した後に当該被担保債権、その利息及び債務不履行により生じた損害の全額に相当する金銭が供託されたときにおける登記の抹消についての特例があるものの、登記義務者である法人の「所在が知れない」と認められる場合が限定されている上、貨幣価値が大きく変動しない現代においては供託要件を満たすことが困難な例が生ずることが予想されます。
そこで、より簡便に、一定の要件の下で担保権に関する登記の抹消を可能とする仕組みが必要です。
イ 形骸化した登記の抹消手続の簡略化
解散した法人の担保権(先取特権等)に関する登記について清算人の所在が判明しないために抹消の申請をすることができない場合において、法人の解散後30年が経過し、かつ、被担保債権の弁済期から30年を経過したときは、供託等をしなくとも、登記権利者(土地所有者)が単独でその登記の抹消を申請することができます。
登記簿の附属書類の閲覧制度の見直し【令和5年4月1日施行】
現状の問題点
現行法上、土地所在図等の図面以外の登記簿の附属書類については、請求人が「利害関係」を有する部分に限って閲覧可能とされていますが、この 「利害関係」が具体的にどのような範囲のものを指すのかは必ずしも明確ではありません。
また、近時においては、プライバシーへの配慮の要請が強まり、登記簿の附属書類に含まれる個々の書類の性質・内容ごとに閲覧の可否をそれぞれ検討すべきものが増えています。
登記簿の附属書類の閲覧の基準を合理化
「利害関係」との要件が「正当な理由」に変更され、閲覧の対象となる文書の性質ごとに閲覧の可否を検討・判断することとなります。
「正当な理由」の内容は通達等で明確化することが予定されていますが、例えば
- ①過去に行われた分筆の登記の際の隣地との筆界等の確認の方法等について確認しようとするケース
- ②不動産を購入しようとしている者が登記名義人から承諾を得た上で、過去の所有権の移転の経緯等について確認しようとするケース
などが想定されています。
また、自己を申請人とする登記記録に係る登記簿の附属書類については、当然に閲覧可能とされます。