自筆証書遺言・公正証書遺言・法務局保管制度の徹底比較

はじめに

ご自身の財産を、ご自身の意思通りに残されたご家族へ承継させたいと願う時、最も有効な法的手段が「遺言書」の作成です。法的に有効な遺言書は、相続人間の無用な争い、いわゆる「争族」を防ぐための、最も強力な対策となります。しかし、遺言書は民法で厳格に形式が定められており、その形式を一つでも誤ると、せっかくの遺言が無効になってしまうという重大なリスクを伴います。

現在、実務で主に利用される遺言の方式は、「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の二つです。さらに、2020年の法改正により、自筆証書遺言の弱点を補う「法務局における自筆証書遺言書保管制度」が開始され、選択肢は三つに整理されました。これらは単なる二者択一ではなく、確実性と費用のバランスに応じた三段階の選択肢と捉えるべきです。本稿では、これら三つの方式のメリット・デメリット、作成費用、そして法的な確実性や死後の手続きの違いについて、専門家の視点から比較・解説します。

Q&A:遺言方式に関するよくある質問

Q1: 一番簡単で費用がかからない遺言書の作り方は何ですか?

最も手軽で費用がかからないのは、「自筆証書遺言」をご自身で作成し、ご自宅で保管する方法です。紙とペン、印鑑さえあれば、今すぐにでも作成可能で、費用は一切かかりません。しかし、この方法は「手軽」である反面、法律が定める厳格な要件(全文自書、日付、押印など)を満たさず「無効」になるリスク、死後に発見されないリスク、他者に改ざん・隠匿されるリスクなど、最も危険性が高い方式でもあります。手軽さとリスクは表裏一体であり、いわば法的な保険をかけずにいる状態とご理解ください。

Q2: 公正証書遺言は費用が高いと聞きますが、それに見合うだけの法的なメリットはありますか?

はい、費用を上回る大きなメリットがあります。公正証書遺言の価値は、「法的な確実性(無効になるリスクがほぼゼロ)」と「死後の手続きの迅速性(検認が不要)」の二点に集約されます。公証人という法律の専門家が作成に関与するため、形式不備で無効になるリスクが軽減できます。また、原本が公証役場に保管されるため、紛失・改ざんの恐れもありません。さらに、相続開始後、自筆証書遺言では必須となる家庭裁判所の「検認」手続きが不要なため、相続人は迅速に預金解約や不動産登記などの相続手続きを開始できます。相続財産が多い方や、相続人間で揉める可能性がある方にとって、将来の紛争を予防するための「保険」として公正証書遺言を選択する価値は十分にあります。これは単なる「費用」ではなく、ご家族の将来の平穏を守るための「投資」と考えるべきです。

Q3: 自筆証書遺言を法務局で保管する制度を使えば、公正証書遺言と全く同じ効果になりますか?

いいえ、全く同じ効果にはなりません。共通点もありますが、決定的な違いが存在します。「法務局の自筆証書遺言書保管制度」を利用するメリットは、①原本を法務局が保管するため紛失・改ざんリスクがなく、②死後の「検認」が不要になる点です。この二点においては公正証書遺言と近い効果が得られます。しかし、決定的な違いは「遺言の内容の有効性」を保証してくれるかどうかです。公正証書遺言は、公証人が内容の法的妥当性(遺留分への配慮や解釈の曖昧さなど)まで確認し、本人の意思能力も確認して作成します。一方、法務局の保管制度は、あくまで「形式(日付があるか、押印があるか等)」の外形的なチェックのみで、遺言の「内容」に関するリーガルチェックは一切行いません。したがって、内容が原因の相続トラブルを防ぐ力や、遺言能力を巡る争いを防ぐ力は、公正証書遺言の方が強力です。

遺言方式の比較分析:確実性の三段階モデル

遺言の方式を「確実性」「費用」「手間」「死後の手続き」の観点から、三段階のモデルで比較検討します。

第一段階:自筆証書遺言(自宅保管)- 高リスク

民法が定める最も基本的な方式です。遺言者が、遺言の本文全文、日付、および氏名をすべて「自書(手書き)」し、これに「押印」することで成立します。

メリット

  • 費用が不要
    紙とペン、印鑑があれば作成でき、公的な手数料は一切かかりません。
  • 手軽さ・秘密の保持
    いつでも、どこでも、誰にも知られずに一人で作成・修正が可能です。

デメリット

  • 要式不備による無効リスク
    法律の要件は厳格です。「全文自書」の原則(財産目録を除く)、「日付」の記載(「令和〇年吉日」は無効)、「押印」の欠如など、要件を欠けば遺言全体が無効となります。
  • 紛失・発見されないリスク
    保管場所を忘れたり、死後に相続人が発見できなかったりするリスクがあります。
  • 隠匿・改ざんのリスク
    自分に不利な内容を発見した相続人によって、隠されたり、破棄・改ざんされたりする危険性が伴います。
  • 内容の不備による紛争リスク
    専門家が関与しないため、「財産の記載漏れ」や「曖昧な表現」が原因で、遺言の解釈を巡って相続人間で新たな争いを生むことがあります。
  • 家庭裁判所の「検認」が必要
    相続開始後、この遺言書を使って相続手続きを行うには、家庭裁判所の「検認」を経なければならず、手続き完了までに1~2ヶ月の時間がかかり、相続人の大きな負担となります。

第二段階:自筆証書遺言(法務局保管制度利用)- 中リスク

ご自身で作成した自筆証書遺言を法務局に預ける制度です。自宅保管のリスクの多くを解消できます。

メリット

  • 検認が不要
    相続開始後の相続人の手続き負担が大幅に軽減されます。
  • 紛失・改ざんの防止
    原本が公的機関に保管されるため、物理的な安全性が確保されます。
  • 形式チェック機能
    申請時に法務局が外形的な形式要件をチェックするため、初歩的なミスによる無効リスクを低減できます。
  • 費用が比較的安価
    申請手数料は一件3,900円と、公正証書遺言に比べて低コストです。

デメリット(残存するリスク)

  • 内容の有効性は保証されない
    法務局は形式しか確認しません。遺留分侵害や曖昧な表現など、「内容」に起因する紛争を防ぐ力はありません。これが最大の限界点です。
  • 遺言能力の証明力が弱い
    公証人と証人が立ち会う公正証書遺言に比べ、「作成時に認知症だった」などと遺言能力を争われた場合のリスクは残ります。

第三段階:公正証書遺言 – 低リスク

遺言者が公証役場に出向き、証人2名以上の立会いのもと、公証人に遺言の内容を伝えて作成してもらう方式です。

メリット

  • 無効になるリスクがほぼゼロ(最大のメリット)
    法律のプロである公証人が作成するため、形式不備で無効になることはまずありません。
  • 原本保管による安全性
    原本が公証役場に保管され、紛失・隠匿・改ざんのリスクは排除されます。
  • 検認が不要
    相続人は、相続開始後すぐに手続きに着手できます。
  • 内容の明確性と紛争予防効果
    公証人が遺言者の意思を法的に整理し、明確な文章に落とし込みます。遺留分など内容面でのアドバイスも受けられるため、解釈を巡る争いを未然に防ぐ効果が高いです。
  • 遺言能力の証明力が強い
    公証人と証人が本人の意思能力を確認するプロセスを経るため、後日その有効性が争われにくいです。

デメリット

  • 作成費用がかかる
    財産額に応じて数万円から数十万円の公証人手数料が必要です。
  • 証人が2名必要
    守秘義務のある証人を探す必要があります(公証役場での紹介も可能)。
  • 作成に手間がかかる
    公証役場との打ち合わせや必要書類の収集など、準備に一定の時間が必要です。

三方式の徹底比較表

比較項目自筆証書遺言(自宅保管)自筆証書遺言(法務局保管)公正証書遺言
法的確実性(形式)低い高い極めて高い
内容の適法性チェックなしなしあり
安全性(紛失・改ざん)低い高い高い
死後の手続き(検認)必須(煩雑)不要(迅速)不要(迅速)
遺言能力の証明力弱い弱い強い
作成費用無料低額(3,900円)有料(財産額に応じる)
作成の手間容易やや煩雑(法務局へ出頭)煩雑(書類収集、調整等)
秘密保持完全に保持可能公務員は内容を知る公証人と証人は内容を知る

結論:どの方式を選ぶべきか

遺言書を作成する目的が、単に意思を残すことだけでなく、「残された家族の負担を減らし、争いを防ぐこと」にあるならば、選択はより明確になります。以下のいずれかに当てはまる方は、初期費用をかけたとしても、将来の紛争予防という投資として「公正証書遺言」を作成することを推奨します。

  • 相続財産が不動産を含んでいたり、金融資産が数千万円以上ある方
  • 相続人の間で不仲や対立があり、将来揉める可能性が高い方
  • 特定の相続人(例:介護を尽くしてくれた子の配偶者)に法定相続分以上の財産を渡したい方
  • 相続人以外の人(内縁の配偶者、お世話になった知人など)に財産を遺贈したい方
  • 相続人に行方不明者や意思能力に不安がある方がいる場合

逆に、財産がごくわずかで、相続人も円満、内容もシンプルな場合には、自筆証書遺言(法務局保管制度の利用を推奨)でも対応可能かもしれません。

弁護士に相談する意義

遺言書の作成は、単なる形式の問題ではなく、「法的に有効」かつ「将来の紛争を防ぐ」内容であることが重要です。

  • 最適な遺言方式のコンサルティング
    弁護士は、ご相談者様の財産状況、ご家族関係、実現したい希望を詳細にヒアリングし、三つの方式の中からどれが最適かを法的に判断し、アドバイスします。
  • 紛争を予防する「遺言内容(案)」の作成
    弁護士の最大の役割は、形式を整えること以上に、「内容」を詰めることです。財産の記載漏れを防ぎ、遺留分を侵害していないか、遺言執行者を誰にするかなど、将来起こりうる全ての紛争の火種を想定し、それを潰すための法的に万全な遺言(案)を作成します。
  • 公正証書遺言作成のトータルサポート
    公正証書遺言を選択された場合、弁護士が代理人として公証役場との事前調整、必要書類の収集、証人への就任まで、煩雑な手続きをお任せいただけます。

まとめ

遺言書は、ご家族への最後のメッセージであると同時に、法的な効力を持つ重要な法律文書です。自筆証書遺言の手軽さは、無効・紛失・改ざん・検認の負担といった深刻なデメリットと表裏一体です。「公正証書遺言」は、作成時に費用と手間がかかりますが、その「確実性」と「死後の手続きの迅速性」は、残されたご家族の負担を軽減し、「争族」を防ぐための優れた投資となります。どの方式を選ぶにせよ、その「内容」に法的な不備や紛争の火種がないか、作成前に一度、法律の専門家にご相談ください。

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