【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
民法のルールの見直し
所有者不明土地については、調査を尽くしても土地の所有者が特定できず、又は所在が不明な場合には、土地の円滑な利用や管理が困難です。
また、所有者不明土地問題を契機に、現行民法の規律が現代の社会経済情勢にそぐわないことが顕在化してきました。
そこで、民法のルールについて、以下のような見直しがなされました。
4 相隣関係の見直し
隣地の所有者やその所在を調査しても分からない場合には、隣地の所有者から隣地の利用や枝の切取り等に必要となる同意を得ることができないため、土地の円滑な利活用が困難となります。
そこで、隣地を円滑・適正に使用することができるようにする観点から、相 隣関係に関するルールの様々な見直しが行われました。
(1)隣地使用権
境界調査や越境してきている竹木の枝の切取り等のために隣地を一時的に使用することができることが明らかにされるとともに、隣地の所有者やその所在を調査しても分からない場合にも隣地を使用することができる仕組みが設けられました。
現行法での問題点
現行法では、「土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。」(現民法209条1項本文)と規定されています。
もっとも、「隣地の使用を請求することができる」の具体的意味が判然としないため、隣地所有者が所在不明である場合等には対応が困難となっていました。
また、障壁・建物の築造・修繕以外の目的で隣地を使用することができるかどうかが不明確であるため、土地の利用・処分を阻害していました。
改正法
隣地使用権の内容に関する規律の整備
● 土地の所有者は、所定の目的のために必要な範囲内で、隣地を使用する権利を有する旨を明確化(新民法209条1項)
- 隣地を使用できる権利がある場合も、一般的に、自力執行は禁止されているので、例えば、使用を拒まれた場合には、妨害禁止の判決を求めることになります。
- 他方で、事案ごとの判断にはなりますが、例えば、隣地が空き地となっていて実際に使用している者がおらず、隣地の使用を妨害しようとする者もいないケースでは、土地の所有者は裁判を経なくとも適法に隣地を使用できると考えられます。
● 隣地所有者・隣地使用者(賃借人等)の利益への配慮
- 隣地使用の日時・場所・方法は、隣地所有者及び隣地使用者のために損害が最も少ないものを選ばなければなりません(新民法209条2項)。
- 隣地使用に際しての通知に関するルールが以下のとおり整備されました(新民法209条3項)。
<隣地所有者及び隣地使用者への通知>
【原則】
隣地使用に際しては、あらかじめ(※)、その目的、日時、場所及び方法を隣地所有者に(隣地所有者とは別に隣地使用者がいるときは隣地使用者にも)通知しなければならない。
※ 隣地使用の目的・日時・場所・方法に鑑み、通知の相手方が準備をするに足りる合理的な期間を置く必要がある(事案によるが、緊急性がない場合は通常は2週間程度)。
【例外】
あらかじめ通知することが困難なときは、隣地の使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる。
(例)
・急迫の事情がある場合(建物の外壁が剥落する危険があるときなど)
・隣地所有者が不特定又は所在不明である場合(現地や不動産登記簿・住民票等の公的記録を調査しても所在が判明しないとき)
⇒ 隣地所有者が不特定又は所在不明である場合は、隣地所有者が特定され、その所在が判明した後に遅滞なく通知することで足り、公示による意思表示(民法98条)により通知する必要はない。
隣地使用が認められる目的を拡充・明確化
- ① 障壁、建物その他の工作物の築造、収去、修繕
- ② 境界標の調査・境界に関する測量
- ③ 新民法233条3項による越境した枝の切取り(新民法209条1項)
(2)ライフラインの設備の設置・使用権
ライフラインを自己の土地に引き込むために、導管等の設備を他人の土地に設置する権利や、他人の所有する設備を使用する権利があることが明らかにされるとともに、設置・使用のためのルール(事前の通知や費用負担などに関するルール)も整備されました。
現行法での問題点
他人の土地や設備(導管等)を使用しなければ各種ライフラインを引き込むことができない土地の所有者は、解釈上、現行法の相隣関係規定等の類推適用により、他人の土地への設備の設置や他人の設備の使用をすることができると解されてきました。
もっとも、明文の規定がないため、設備の設置・使用に応じてもらえないときや、所有者が所在不明であるときなどには、対応が困難でした。
また、権利を行使する際の事前の通知の要否などのルールや土地・設備の使用に伴う償金の支払義務の有無などのルールが不明確で、不当な承諾料を求められるケースもありました。
改正法
ライフラインの設備の設置・使用権に関する規律の整備
設備設置権(他の土地にライフラインの設備を設置する権利)の明確化
他の土地に設備を設置しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を受けることができない土地の所有者は、必要な範囲内で、他の土地に設備を設置する権利を有することが明文化されました(新民法213条の2第1項)。
※ 「その他これらに類する継続的給付」には、電話・インターネット等の電気通信が含まれます。
※ 隣接していない土地についても、必要な範囲内で設備を設置することが可能です(例:上図の「Z土地」での給水管の設置)。
※ 土地の分割・一部譲渡によって継続的給付を受けることができなくなった場合は、分割者又は譲渡者の所有地のみに設備を設置することが可能です(新民法213条の3)。
設備使用権(他人が所有するライフラインの設備を使用する権利)の明確化
他人が所有する設備を使用しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を引き込むことができない土地の所有者は、必要な範囲内で、他人の所有する設備を使用する権利を有することが明文化されました(新民法213条の2第1項)。
場所・方法の限定
設備の設置・使用の場所・方法は、他の土地及び他人の設備のために損害が最も少ないものに限定されます(新民法213条の2第2項)。
※ 設備設置等の方法が複数ある場合(例:上図の「Y・Z土地」にも接続可能な給水管が既に設置されている場合)も、最も損害が少ない方法を選択することとなります。
※ 設備を設置する場合には、公道に通ずる私道や公道に至るための通行権(民法210条)の対象部分があれば、通常はその部分を選択します。
○ 設備設置・使用権がある場合も、一般的に、自力執行は禁止されているため、例えば、設備設置・使用を拒まれた場合には、妨害禁止の判決を求めることになります。
○ 他方で、事案ごとの判断にはなりますが、例えば、他の土地が空き地になっており、実際に使用している者がおらず、かつ、設備の設置等が妨害されるおそれもない場合には、裁判を経なくても適法に設備の設置等を行うことができると考えられます。
○ 設備の設置工事等のために一時的に他の土地を使用する場合には、隣地使用権の規律が準用されます(新民法213条の2第4項・5項)。
事前通知の規律の整備
他の土地に設備を設置し又は他人の設備を使用する土地の所有者は、あらかじめ(A)、その目的、場所及び方法を他の土地・設備の所有者(B)に通知(C)しなければなりません(新民法213条の2第3項)。
A)通知の相手方が、その目的・場所・方法に鑑みて設備設置使用権の行使に対する準備をするに足りる合理的な期間を置く必要があります(事案によりますが、2週間〜1か月程度)。
B)他の土地に設備を設置する場合に、他の土地に所有者とは別の使用者(賃借人等)がいるときは使用者にも通知する必要があります(新民法213条の2第3項)。
他人の設備に所有者とは別の使用者がいたとしても、法律上は通知を求められていませんが、使用者への影響も考慮し、事実上通知することが望ましいとされています。
C)通知の相手方が不特定又は所在不明である場合にも、例外なく通知が必要です(簡易裁判所の公示による意思表示(民法98条)を活用)。
※ 設備の設置工事等のために一時的に他の土地を使用する場合には、当該使用についても併せて通知します(新民法213条の2第4項、209条3項)。
償金・費用負担の規律の整備
他の土地への設備設置権
土地の所有者は、他の土地に設備を設置する際に次の損害が生じた場合には、償金を支払う必要があります。
① 設備設置工事のために一時的に他の土地を使用する際に、当該土地の所有者・使用者に生じた損害(新民法213条の2第4項、209条4項)
⇒ 償金は一括払い
(例)他の土地上の工作物や竹木を除去したために生じた損害
② 設備の設置により土地が継続的に使用することができなくなることによって他の土地に生じた損害(新民法213条の2第5項)
⇒ 償金は1年ごとの定期払が可能
(例)給水管等の設備が地上に設置され、その場所の使用が継続的に制限されることに伴う損害
※ 償金の支払を要する「損害」は、①については実損害であり、②については設備設置部分の使用料相当額です。事案ごとの判断にはなりますが、導管などの設備を地下に設置し、地上の利用自体は制限しないケースでは、損害が認められないことがあると考えられます。他の土地の所有者等から設備の設置を承諾することに対するいわゆる承諾料を求められても、応ずる義務はありません。
※ 土地の分割又は一部譲渡に伴い、分割者又は譲渡者の所有地のみに設備の設置をしなければならない場合には、②の償金を支払うことを要しません(新民法213条の3第1項後段・2項)。
他人が所有する設備の使用権
① 土地の所有者は、その設備の使用開始の際に損害が生じた場合に、償金を支払う必要があります。
⇒ 償金は一括払い(新民法213条の2第6項)
(例)設備の接続工事の際に一時的に設備を使用停止したことに伴って生じた損害
② 土地の所有者は、その利益を受ける割合に応じて、設備の修繕・維持等の費用を負担します(新民法213条の2第7項)。
(3)越境した竹木の枝の切取り
催促しても越境した枝が切除されない場合や、竹木の所有者やその所在を 調査しても分からない場合等には、越境された土地の所有者が自らその枝を切り取ることができる仕組みが整備されました。
現行法での問題点
現行法では、土地の所有者は、隣地の竹木の根が境界線を越えるときは自らその根を切り取ることができますが、枝が境界線を越えるときはその竹木の所有者に枝を切除させる必要があります(現民法233条)。
竹木の所有者が枝を切除しない場合には、訴えを提起し、切除を命ずる判決を得て、強制執行の手続をとるほかありませんが、竹木の枝が越境する都度、常に訴えを提起しなければならないとするのでは、救済を受けるための手続が過重になります。
また、竹木が共有されている場合に、竹木の共有者が越境した枝を切除しようとしても、基本的には、変更行為として共有者全員の同意が必要と考えられており、竹木の円滑な管理を阻害します。
改正法
土地所有者による枝の切取り
越境された土地の所有者は、竹木の所有者に枝を切除させる必要があるという原則を維持しつつ、 次のいずれかの場合には、枝を自ら切り取ることができます(新民法233条3項)。
① 竹木の所有者に越境した枝を切除するよう催告したが、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき
② 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき
③ 急迫の事情があるとき
※ 道路を所有する国や地方公共団体も、隣接地の竹木が道路に越境してきたときは、新たな規律によって枝を切り取ることが可能です。
※ ①の場合に共有物である竹木の枝を切り取るに当たっては、基本的に、竹木の共有者全員に枝を切除するよう催告する必要があります。もっとも、一部の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときには、その者との関係では②の場合に該当しますので、催告は不要となります。
※ ①の「相当の期間」とは、枝を切除するために必要な時間的猶予を与える趣旨であり、事案によりますが、基本的には2週間程度と考えられます。
※ 越境された土地所有者が自ら枝を切り取る場合の費用については、枝が越境して土地所有権を侵害していることや、土地所有者が枝を切り取ることにより竹木の所有者が本来負っている枝の切除義務を免れることを踏まえ、基本的には、不当利得または不法行為として、竹木の所有者に請求できるものと考えられます(民法703条・709条)。
竹木の共有者各自による枝の切除
竹木が共有物である場合には、各共有者が越境している枝を切り取ることができます(新民法233条2項)。
したがって、竹木の共有者の一人から承諾を得れば、越境された土地の所有者などの他人がその共有者に代わって枝を切り取ることができます。
また、越境された土地の所有者は、竹木の共有者の一人に対しその枝の切除を求めることができ、その切除を命ずる判決を得れば、代替執行(民事執行法171条1項・4項)が可能となります。