はじめに
親が亡くなり、いざ相続が開始した際に、「全財産を長男に相続させる」といった遺言書が見つかるケースは決して珍しくありません。また、生前に特定の兄弟だけが親から多額の資金援助を受けていたり、価値の高い不動産の生前贈与を受けていたりすることもあります。
このような遺言書や生前贈与は、亡くなった方(被相続人)の意思ではありますが、遺産を全く受け取れない、あるいはほんの少ししか受け取れない他の相続人にとっては、到底納得できるものではないでしょう。「長年一緒に親の世話をしてきたのに、なぜ自分には何もないのか」「不公平な遺言書だから無効にならないのか」と強い憤りを感じる方も多くいらっしゃいます。
しかし、法律はこのような事態に対して、残されたご家族の最低限の生活保障や、財産形成への貢献を考慮し、「遺留分(いりゅうぶん)」という最低限の財産の取り分を保障する制度を設けています。この遺留分を侵害された場合に、財産を多く受け取った人に対して金銭の支払いを求める手続きが「遺留分侵害額請求(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)」です。
本記事では、弁護士法人長瀬総合法律事務所が、不公平な遺言書への対抗策となる「遺留分侵害額請求」の仕組みや、不動産が絡む場合の評価の難しさ、そして請求の際に気をつけなければならない厳格な期限(時効)について解説いたします。ご自身の正当な権利を守るための知識として、ぜひご一読ください。
Q&A
不公平な遺言書と遺留分について、皆様からよく寄せられるご質問にお答えします。
Q1. 「全財産を同居の長男に相続させる」という親の遺言書が出てきました。次男である私は、一円も遺産をもらえないのでしょうか?
いいえ、次男であるあなたには法律上「遺留分」という最低限保障された取り分があります。親が自分の財産を誰にどう残すかは自由であるのが原則ですが、この遺留分だけは遺言によっても奪うことができません。したがって、長男に対して、侵害された遺留分に相当する金額を支払うよう「遺留分侵害額請求」を行うことで、適正な金銭を回収することができます。
Q2. 長男が実家の土地と建物をすべて相続しました。遺留分侵害額請求をすれば、実家の土地の「一部(共有持分)」を取り戻すことができますか?
原則として、不動産そのものの共有持分を取り戻すことはできず、金銭での支払いを受けることになります。かつては「遺留分減殺請求」という制度で不動産の共有状態が生じていましたが、法律の改正により、現在はすべて「金銭債権」としてお金で精算する「遺留分侵害額請求」という仕組みに変わりました。これにより、望まない不動産の共有による二次的なトラブルを回避できるようになっています。
Q3. 遺言書の内容を知ってショックを受けており、長男と話す気になれません。このまましばらく放置しても問題ないですか?
放置することはおすすめできません。遺留分侵害額請求には、「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年」という短い消滅時効があります。この1年以内に、相手方に対して「遺留分を請求する」という明確な意思表示(通常は内容証明郵便を利用します)を行わないと、権利が完全に消滅してしまい、一切の請求ができなくなってしまいます。
解説
1:遺言によっても奪えない権利「遺留分」とは?
亡くなった方(被相続人)が遺言書を残していた場合、原則として遺産は遺言書の内容通りに分けられます。これは「遺言の自由(私的自治の原則)」に基づくものです。しかし、その自由を無制限に認めてしまうと、残されたご家族の生活が成り立たなくなったり、家族の財産形成に貢献してきた相続人が著しい不利益を被ったりする恐れがあります。
そこで民法は、一定の範囲の法定相続人に対して、遺言や生前贈与によっても奪うことのできない「遺産に対する最低限の取り分」を保障しています。これが「遺留分(いりゅうぶん)」です。
遺留分が認められる人の範囲
遺留分が権利として認められているのは、被相続人の以下の親族のみです。
- 配偶者(夫または妻)
- 子(子が亡くなっている場合は、その子である孫=代襲相続人)
- 直系尊属(父母や祖父母。ただし、子や孫がいない場合のみ)
※被相続人の兄弟姉妹(および甥・姪)には、遺留分は一切認められていません。したがって、「全財産を妻に相続させる」という遺言があった場合、亡くなった方の兄弟姉妹は遺留分を主張することはできません。
遺留分の割合
全体の遺産に対して、遺留分権利者全体に保障される割合(総体的遺留分)は、原則として「遺産の2分の1」です。
(※ただし、相続人が直系尊属(親など)のみの場合は「遺産の3分の1」となります)
この総体的遺留分に、ご自身の法定相続分を掛け合わせた数字が、あなた個人の遺留分(個別的遺留分)となります。
【計算例】
相続人が「妻」と「子ども2人(長男・次男)」の場合。
- 総体的遺留分は遺産全体の「2分の1」。
- 次男の法定相続分は、全体から見て妻が2分の1、残り2分の1を長男と次男で分けるため「4分の1」。
- したがって、次男の遺留分は「2分の1(総体的遺留分)× 4分の1(法定相続分)= 8分の1」となります。
遺言書によって次男の取り分が「ゼロ」とされていた場合、次男は遺産総額の8分の1に相当する金額を、多く財産を受け取った長男(あるいは妻)に対して請求できることになります。
2:対象となるのは遺言だけではない!生前贈与の持ち戻し
遺留分を計算する際のベースとなる財産(遺留分算定の基礎となる財産)は、亡くなった時に残っていた財産だけではありません。もし生前贈与が含まれないとすると、被相続人が亡くなる直前に全財産を長男に生前贈与してしまえば、遺留分制度を簡単に骨抜きにできてしまうからです。
そのため、一定の期間内に行われた生前贈与は、遺留分を計算するための財産に加算(持ち戻し)されます。
遺留分の対象となる生前贈与
- 相続人以外への贈与: 相続開始前「1年間」に行われたものが対象です。
- 相続人に対する贈与(特別受益): 婚姻や養子縁組のため、あるいは生計の資本として行われた贈与(住宅購入資金の援助や、事業資金の援助など)については、相続開始前「10年間」に行われたものが対象となります。
- 悪意の贈与: 贈与者と受贈者の双方が「遺留分権利者に損害を与えること」を知って行った贈与については、1年や10年という期間制限に関係なく、すべて計算の対象に含まれます。
「親は長男の家を建てる時に多額の援助をしていた」「実家の隣の土地を長男名義に書き換えていた」といった事実がある場合、それらも遺留分の計算に組み込むことで、請求できる金額が大きくなる可能性があります。
3:「遺留分減殺請求」から「遺留分侵害額請求」への法改正
少し前まで、この制度は「遺留分減殺(げんさい)請求」と呼ばれていました。しかし、2019年(令和元年)7月1日に施行された改正民法により、制度の名称と効力が大きく変わりました。不動産が関わる相続において、この改正は決定的な意味を持ちます。
旧法(遺留分減殺請求)の問題点:望まない「共有」状態の発生
旧法の下では、遺留分減殺請求を行うと、侵害された財産(たとえば実家の土地や建物)の所有権そのものが、遺留分の割合に応じて当然に請求者のものになるという仕組みでした。
その結果、「実家にお住まいの長男」と「遺留分を請求した次男」との間で、実家の不動産が「共有」状態になっていました。仲違いしている兄弟間で不動産を共有してしまうと、その後の売却や活用が一切できなくなり、最終的に裁判所で「共有物分割請求訴訟」という別の裁判を起こさなければならないなど、トラブルが長期化する大きな原因となっていました。
新法(遺留分侵害額請求):金銭によるスマートな解決
現在の「遺留分侵害額請求」制度では、請求をしても不動産の所有権そのものが移ることはありません。その代わり、侵害された遺留分に相当する「金銭の支払い(金銭債権)」を求める権利へと明確に変更されました。
これにより、長男は実家の不動産を単独名義のまま維持でき、次男はお金で確実に取り分を回収するという、明確で後腐れのない解決を図ることができるようになりました。ただし、請求された側(長男)に現金の持ち合わせがない場合、支払いのための資金をどう調達するかが新たな課題となることがあります。
4:遺留分侵害額請求の手続きステップ
遺言書が不公平だと感じ、遺留分を請求しようと決意した場合、具体的にどのような手順を踏むのかを解説します。
ステップ1:内容証明郵便による「意思表示」
まずは、遺留分を侵害している相手方(多く財産を受け取った人)に対して、「遺留分侵害額を請求します」という意思を伝える必要があります。
法律上は口頭で伝えても有効ですが、後になって「言った、言わない」の争いになることや、後述する消滅時効をストップさせた証拠を残すために、必ず「配達証明付きの内容証明郵便」を送付します。この1通の手紙を送ることが、あなたの権利を守る最も重要な第一歩となります。
ステップ2:財産の調査と金額の算定
相手方との話し合い(交渉)を始める前に、被相続人の財産を正確に把握する必要があります。不動産の登記簿謄本、預貯金の残高証明書、過去の取引履歴などを取得し、遺産の総額と生前贈与の有無を調査します。そして、法律に基づきご自身の正確な遺留分侵害額を計算します。
ステップ3:当事者間での交渉
内容証明郵便を送付した後、相手方と具体的な支払い金額や支払い方法(一括か分割かなど)について話し合います。当事者同士で合意に至った場合は、後日のトラブルを防ぐため、必ず合意内容を書面(できれば公正証書)に残します。
ステップ4:家庭裁判所での遺留分侵害額の請求調停
当事者同士の話し合いでまとまらない場合や、相手が無視して応じない場合は、家庭裁判所に「調停」を申し立てます。調停では、裁判官と調停委員が間に入り、双方の言い分を調整しながら合意を目指します。
ステップ5:地方裁判所等での遺留分侵害額請求訴訟
調停でも話し合いが平行線をたどり、不成立となった場合は、最終手段として裁判所へ「訴訟(裁判)」を起こします。裁判では、双方が証拠を提出し合い、最終的に裁判官が遺留分侵害額を決定し、支払い命令(判決)を下します。
5:見落としてはいけない「1年」の消滅時効
遺留分侵害額請求において、最も恐ろしく、そして最も注意しなければならないのが「消滅時効(期限)」の存在です。
短すぎる時効の壁
遺留分侵害額請求権は、以下のいずれかの期間が経過すると、時効により消滅してしまいます。
- 相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から「1年」
- 相続開始の時から「10年」
通常は、被相続人が亡くなり、不公平な遺言書の存在を知らされた日からカウントダウンが始まります。葬儀が終わり、四十九日を過ぎて少し落ち着いた頃には、すでに数ヶ月が経過しています。そこから「どうしようか」と悩んでいるうちに1年はあっという間に過ぎ去ってしまいます。
1日でも期限を過ぎてしまうと、相手方が「時効を援用(主張)する」と言った瞬間に、数百万円、数千万円の価値がある権利がゼロになってしまいます。
時効を止める方法
この1年の時効を止める(正確には権利を行使した状態にする)ためには、1年以内に相手方に対して前述の「内容証明郵便」を送達させる必要があります。裁判を起こす必要はなく、意思表示さえ期限内に行えば、そこから具体的な金額の交渉や裁判を進めるための十分な時間を確保することができます。
そのため、不公平な遺言書を見つけたら、金額の計算や財産調査が完了していなくても、まずは弁護士に相談して「時効を止めるための内容証明」を急いで発送することが実務上の鉄則となります。
6:不動産が絡む場合の最大の争点「評価額」
遺留分侵害額請求において、当事者間で最も激しく争われるのが「不動産の評価」です。現金や預貯金は1円=1円で誰が見ても明らかですが、不動産の価値には明確な正解がないからです。
3つの異なる評価基準
不動産の価値を示す指標には、主に以下の3つがあります。
- 固定資産税評価額: 市町村が固定資産税を計算するために決める価格。実際の市場価格の7割程度とされています。
- 路線価: 国税庁が相続税や贈与税を計算するために決める価格。実際の市場価格の8割程度とされています。
- 実勢価格(市場価格): 実際に不動産市場で売買されると想定される価格。不動産業者の査定や、不動産鑑定士の鑑定によって算出されます。
請求する側と請求される側の思惑の対立
遺留分を「金銭」で精算するため、不動産の評価額がいくらになるかで、支払う金額・受け取る金額が大きく変動します。
- 遺留分を請求する側(多くのお金をもらいたい側)
遺産全体の総額を大きく見せるために、最も金額が高くなる「実勢価格(市場価格)」で不動産を評価すべきだと主張します。 - 遺留分を請求される側(支払うお金を減らしたい側)
遺産全体の総額を小さく見せるために、金額が低く出る「固定資産税評価額」や「路線価」で評価すべきだと主張します。
実務における評価の決着
裁判実務において、遺留分算定の基礎となる不動産の評価は、原則として相続開始時点の「実勢価格(市場価格)」を用いるべきとされています。
しかし、正式な不動産鑑定士に鑑定を依頼すると数十万円から百万円近い費用がかかるため、当事者間で複数の不動産業者の査定書(無料〜数万円)を出し合い、その平均値をとるなどして和解や調停で折り合いをつけるケースが多く見られます。
どの評価額を採用し、どのように相手を説得するかは、不動産に関する深い知識と交渉力が問われる重要なポイントです。
弁護士に相談するメリット
遺言書に納得がいかず遺留分侵害額請求をお考えの場合、ご自身で相手方と直接交渉することは大きな困難を伴います。相続問題に精通した弁護士法人長瀬総合法律事務所にサポートを依頼することには、以下のような決定的なメリットがあります。
1. 迫り来る「1年の時効」の確実な管理と手続きの実行
遺留分の問題は時間との戦いです。弁護士にご依頼いただければ、時効完成の期日を正確に把握し、権利を保全するための内容証明郵便の作成から発送までを迅速かつ確実に代行いたします。「どうすればよいか迷っているうちに時効が過ぎてしまった」という最悪の事態を防ぐことができます。
2. 不動産評価における有利な主張と緻密な財産調査
当事務所は不動産法務に強みを持っており、不動産の評価においてどちらの基準を用いるべきか、どのように査定を取得すればご依頼者様に有利に働くかを熟知しています。また、隠された預貯金や、過去に行われた生前贈与(特別受益)を徹底的に調査し、請求できる遺留分額を最大化するための論理的な計算を行います。
3. 精神的負担の軽減と、冷静かつ有利な交渉の代理
兄弟や親族と「お金」のことで争うことは、精神的に多大なストレスをもたらします。感情的な対立から話し合いがこじれ、関係が修復不可能になるケースも少なくありません。弁護士が代理人として交渉の窓口となることで、ご相談者様は相手方と直接顔を合わせる必要がなくなります。法的な根拠に基づいた冷静な交渉により、早期かつ有利な条件での解決へと導きます。
まとめ
「全財産を長男に相続させる」といった遺言書は、残された他のご家族にとって受け入れがたいものです。しかし、法律はあなたに「遺留分」という正当な権利を保障しています。遺留分侵害額請求は、不公平な遺産分割に対して声を上げ、ご自身の正当な取り分を金銭として回復するための強力な対抗策です。
注意しなければならないのは、この権利には「1年」という非常に短い賞味期限(消滅時効)があること、そして不動産の評価額をめぐって相手方との激しい見解の対立が予想されることです。
遺言書の内容を知って「納得がいかない」「不公平だ」と感じたときは、一人で悩んだり、感情的に相手にぶつかったりする前に、まずは不動産法務と相続問題のプロフェッショナルである弁護士にご相談ください。
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、理不尽な遺言書に直面された皆様の悔しい思いに寄り添い、失われかけた正当な権利を確実に取り戻すため、法律と交渉の専門知識を駆使してサポートいたします。
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