無効にならない自筆証書遺言の書き方:厳格な形式要件と失敗例

はじめに

ご自身の財産をご自身の意思通りに残すため、「自筆証書遺言」は最も手軽な手段です。費用もかからず、誰にも知られずに作成できるため、多くの方がこの方式を検討されます。しかし、その手軽さとは裏腹に、自筆証-書遺言は民法第968条で定められた非常に厳格な「要式(ルール)」に従って作成しなければなりません。良かれと思って書いた遺言書が、日付の記載ミスや押印の漏れといった、わずかな形式不備によって、法的に「全て無効」となってしまうケースもあり得ます。

遺言が無効になれば、故人様の最後の意思は法的に存在しなかったことになり、結局は相続人全員による遺産分割協議が必要となります。これが、かえって「争族」を引き起こす原因ともなり得ます。本稿では、せっかくの想いを無駄にしないため、法的に有効な自筆証書遺言を作成するための要件を、具体的な失敗例とともに解説します。

Q&A:自筆証書遺言の形式に関するよくある質問

Q1: 遺言書をパソコンで作成し、最後に日付と署名を手書きし、実印を押しました。これは有効ですか?

いいえ、その遺言書は原則として「無効」です。自筆証書遺言の要件は、遺言の「全文」を自書(手書き)することです。パソコンやワープロで作成された本文は「自書」の要件を満たしません。たとえ日付や署名部分だけを手書きし、実印を押したとしても、本文がパソコン作成である時点で遺言書全体が無効となります。ただし、2019年の法改正により「財産目録」の部分だけはパソコン作成等が認められましたが、遺言の根幹となる「誰に何を相続させる」という本文は、全文手書きでなければなりません。

Q2: 日付を「令和六年吉日」や「八十歳の誕生日」と書いてしまいました。これだけで無効になりますか?

はい、「吉日」の記載は無効になる可能性が高いです。遺言書の日付は、「作成年月日」を特定できるものでなければなりません。これは、①遺言作成時に遺言者に十分な意思能力があったかを判断する基準時となる、②複数の遺言書が見つかった場合にどちらが最新かを判断する、という二つの重要な意味があるからです。「●年吉日」は、その月のどの日か特定できないため、日付の特定を欠くものとして無効と判断した裁判例があります。「八十歳の誕生日」も、生年月日と計算すれば特定は可能ですが、無用な紛争を招くため避けるべきです。「令和六年六月一日」のように、誰が見ても一日を特定できる形で記載してください。

Q3: 押印は実印でなければダメですか? 認印や指印(拇印)では無効でしょうか?

法律上、押印は「実印」であることまでは要求されていません。したがって、「認印(三文判)」であっても法律上は有効です。さらに、最高裁判所の判例では、本人の同一性が確認でき、遺言者の意思が明確であれば「指印(拇印)」であっても有効としたものがあります。ただし、これはあくまで「法律上ただちに無効とはならない」というだけであり、実務上は全く推奨されません。認印や指印は、偽造が容易である(または偽造を疑われやすい)ため、「本当に本人が押したものか」を巡って相続トラブルになる原因となります。紛争を予防するという遺言書の本来の目的を達するため、押印は必ず「実印」を使用し、可能であれば印鑑証明書を遺言書と一緒に保管しておくことを推奨します。

厳守すべき四つの絶対的要件

以下の四つは、民法第968条が定める、どれか一つでも欠けると遺言全体が無効となる絶対的なルールです。

要件1:全文の自書(手書き)

遺言書の本文(「〇〇に相続させる」等)、日付、氏名のすべてを、遺言者本人が「手書き」する必要があります。

無効となる失敗例

  • パソコン(Word)やタイプライターで作成した本文。
  • 他人に代筆してもらったもの(たとえ遺言者の意思通りでも無効)。
  • テープレコーダーやビデオによる遺言(法的な遺言の方式として認められていない)。

法改正による重要例外:財産目録

2019年の法改正により、遺言本文とは別の「財産目録」に限っては、パソコン作成や、通帳のコピー、不動産の登記事項証明書のコピーなどを添付する形で代用することが認められました。これは、財産が多い場合の作成負担を軽減するための措置です。

注意点

この緩和措置を利用する場合、添付する財産目録の「全てのページ」(コピーの全頁含む)に、遺言者本人が「署名」かつ「押印」しなければなりません。1ページでも署名・押印漏れがあれば、そのページの財産指定は無効となるため、細心の注意が必要です。この「簡略化」は、新たな「落とし穴」を生んだとも言え、正確な知識なしに利用するのは危険です。

要件2:日付の自書

遺言書を作成した「年月日」を、社会通念上、明確に特定できる形で自書する必要があります。

無効となる失敗例

  • 日付の記載が一切ない。
  • 「令和六年吉日」など、日付が特定できない記載。
  • 「令和六年六月」までで、「日」の記載がないもの。

要件3:氏名の自書(署名)

遺言者本人であることを特定するため、氏名を自書します。戸籍上の氏名をフルネームで正確に記載するのが安全です。通称や屋号でも本人と明確に特定できれば有効とした判例もありますが、無用な争いを避けるため、戸籍上の氏名を記載してください。

要件4:押印

遺言者の最終的な意思確認の証として、押印が必要です。通常は署名の下または横に押します。前述の通り、法律上は認印や指印でもただちに無効とはなりませんが、紛争予防の観点からは「実印」での押印が必須と考えるべきです。

失敗例

押印を忘れたもの(自書・日付・署名が完璧でも、押印がないだけで無効)。

その他、無効やトラブルの原因となるケース

上記の四要件以外にも、以下の点で遺言書が無効となったり、深刻なトラブルの原因となったりします。

  • 加除訂正(修正)の方式違反
    自筆証書遺言の内容を修正する場合、民法は極めて厳格な方式を定めています。①変更箇所を指示し、②変更した旨を付記して、③その付記箇所に「署名」し、かつ、④その「変更箇所」自体にも「押印」する必要があります。このルールは非常に複雑で間違いやすいため、実務上は、少しでも間違えたら全文を書き直す方が安全です。
  • 共同遺言の禁止
    夫婦が仲睦まじく、「二人で一緒に」1枚の紙に遺言を書くこと(例:夫婦連名での遺言書)は、民法第975条で固く禁止されており、絶対的に無効となります。遺言は、各人の最終意思の自由を保障するため、必ず「一人につき一通」で、単独で作成しなければなりません。
  • 内容の曖昧さ・財産の記載漏れ
    形式を満たしていても、「内容」が曖昧であればトラブルになります。例えば「自宅は妻に、預金は長男に」だけでは、他の財産(株式、車、負債など)をどうするのか記載がなく、その部分について別途、遺産分割協議が必要となり、紛争の火種となります。「その他の財産一切は〇〇に相続させる」といった包括的な記載や、全ての財産を網羅する記載が必要です。
  • 遺言能力の欠如
    形式が完璧でも、その遺言書を作成した当時、遺言者に認知症が進んでいるなど、遺言の内容を理解し判断する能力(遺言能力)がなかったと認められた場合、その遺言書は「無効」となります。これは自筆証書遺言が争われやすいポイントの一つです。

弁護士に相談する意義

自筆証書遺言は、ご自身だけで作成できる反面、上記のような無数の「無効となる罠」が潜んでいます。

  • 厳格な要式のリーガルチェック
    弁護士は、作成された遺言書(案)が民法の厳格な形式要件を完璧に満たしているかを法的にチェックします。致命的なミスによる無効リスクをゼロにすることができます。
  • 法改正への正確な対応サポート
    法改正で緩和された「財産目録」の添付方式についても、弁護士は正確に対応します。「全ページへの署名・押印」という新たな要件を確実に満たすよう指導・確認し、財産目録部分だけが無効になるリスクを防ぎます。
  • 「内容」に起因する紛争予防コンサルティング
    弁護士の重要な役割は、形式チェック以上に「内容」のチェックです。財産の記載漏れがないか、表現が曖昧でないか、そして「遺留分」を侵害していないか(侵害している場合、どう対策すべきか)を法的に分析し、アドバイスします。

まとめ

自筆証書遺言は、手軽で費用がかからない反面、法律が定める厳格な要件が数多く存在する、法的に「無効」になりやすい危険な方式です。「全文自書」「明確な日付」「氏名」「押印」の四要件は欠かせません。一つでも欠けば、故人様の最後の意思は法的に存在しなかったことになります。ご自身で作成された場合でも、その遺言書が法的に有効か、そして将来の「争族」の火種にならないか、必ず法律の専門家によるリーガルチェックを受けることを推奨いたします。

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