はじめに
ご家族が亡くなられた後、故人様の自宅などを整理している際に、自筆で書かれた遺言書が見つかることがあります。特にそれが「封印」されている場合、ご遺族としては一刻も早く内容を確認したいと思うのが人情です。しかし、ここで焦ってはいけません。法律は、発見された遺言書の取り扱いについて厳格なルールを定めており、そのルールを破ると法的なペナルティを受けるだけでなく、取り返しのつかない家族間の亀裂を生む可能性があります。
本稿では、発見された遺言書(公正証書遺言と法務局保管制度の遺言書を除く)に対して、相続人が最初に行うべき家庭裁判所の「検認」手続きの重要性、具体的な流れ、そして万が一、封印された遺言書を開封してしまった場合の法的リスクと対処法について解説します。
Q&A:遺言書発見時の対応に関するよくある質問
Q1: 押入れから、封筒に入り糊付けされ「封」と書かれた父の遺言書を見つけました。すぐに開封して内容を確認してもよいですか?
いいえ、勝手に開封してはいけません。民法第1004条3項は、「封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、これを開封することができない」と定めています。これは、遺言書の偽造・変造を防ぎ、その真正性を保全するための重要な手続きです。このルールに違反して勝手に開封した場合、他の相続人から「内容を自分に都合よく改ざんしたのではないか」と疑われ、深刻な相続トラブルを招く原因となります。
Q2: 「検認」とは具体的に何をする手続きですか? 検認を受ければ、その遺言書は法的に「有効」だと証明されますか?
「検認」とは、遺言書を発見した時点での「遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など、遺言書そのものの物理的な状態」を家庭裁判所が確認し、記録(検認調書)に残す手続きのことです。検認の目的は、その後の偽造・変造を防ぐための「証拠保全」にあります。ここで重要な点は、検認は遺言書の「有効性」を判断する手続きではない、ということです。検認を受けたからといって、裁判所が「この遺言書は法的に有効です」とお墨付きを与えるものではありません。例えば、検認を経た遺言書であっても、作成時に故人が重度の認知症であった場合などは、別途「遺言無効確認訴訟」という裁判でその効力が争われ、無効となる可能性があります。
Q3: 検認手続きをせずに開封してしまった場合、遺言書は無効になりますか? 何か罰則はありますか?
まず、検認を怠ったり、誤って先に開封してしまったりしたからといって、それだけの理由で遺言書が「無効」になるわけではありません。遺言書自体が民法の定める形式要件を満たしていれば、その法的効力は維持されます。しかし、法的なペナルティは存在します。民法第1005条は、正当な理由なく検認手続きを怠ったり、封印された遺言書を家庭裁判所以外で開封したりした者は、「5万円以下の過料」に処せられると定めています。これは行政罰であり、刑事罰(前科)ではありません。しかし、それ以上に深刻な不利益は、他の相続人からの疑念を招き、紛争の火種となることです。
遺言書を発見した場合の義務と手続きの流れ
検認が「不要」な遺言書と「必須」な遺言書
検認が不要な遺言書
- 公正証書遺言
- 法務局の「自筆証書遺言書保管制度」を利用した遺言書
これらは作成・保管の時点で公的にその存在が証明されているため、発見(または証明書を取得)次第、そのまま相続手続きに使用できます。
検認が必須な遺言書
- 自筆証書遺言(自宅保管、貸金庫保管など)
- 秘密証書遺言
これらの遺言書を発見した相続人(または保管者)は、遺言者の死亡を知った後、遅滞なく家庭裁判所に遺言書を提出し、その「検認」を請求する義務があります(民法1004条1項)。
「検認」手続きの具体的な流れ
検認手続きは、一般の方が想像する以上に時間と手間がかかります。
- 家庭裁判所への「検認申立て」
被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てます。申立書に加え、被相続人の出生から死亡までの連続した全ての戸籍謄本、相続人全員の現在の戸籍謄本など、膨大な書類が必要です。この「相続人全員を確定させるための戸籍収集」が、一般の方にとって最初のハードルとなります。 - 検認期日の調整と通知
申立てが受理されると、裁判所が検認を行う日時(検認期日)を決定し、相続人全員に通知書を郵送します。申立てから期日まで、通常1~2ヶ月程度かかります。 - 検認期日(当日)
申立人は遺言書原本と印鑑を持参し、出頭します。他の相続人は出欠自由です。裁判官が、出席した相続人の面前で、遺言書(封印があればこの場で開封)の状態を確認し、その内容を「検認調書」という公的な記録にまとめます。この場で遺言の有効・無効の議論は行われません。 - 「検認済証明書」の取得
検認終了後、申立人は家庭裁判所に「検認済証明書」の交付を申請します。 - 相続手続きの開始
この「検認済証明書付きの遺言書」が、法務局での不動産登記や、銀行での預金解約など、遺言に基づく相続手続きを行うための正式な書類となります。これがない限り、金融機関や法務局は一切手続きに応じてくれません。
開封してしまった場合のリスクと対処法
前述の通り、法的なペナルティは「5万円以下の過料」であり、遺言自体は無効になりません。しかし、実務上の不利益はそれ以上に深刻です。
- 紛争の誘発
他の相続人から「なぜ勝手に開けたのか。自分に不利な部分を破棄したのではないか」という疑念を持たれ、本来なら争うつもりがなかった相続人との間にも不信感が生じ、深刻な紛争(遺言無効確認訴訟など)に発展するリスクが非常に高まります。一度失われた信頼を回復することは困難です。 - もし開封してしまったら
開封してしまった場合でも、検認の義務がなくなるわけではありません。遺言書をそのままの状態で家庭裁判所に持参し、検認を申し立てる必要があります。その際、いつ、どこで、誰が、どのような経緯で開封してしまったのかを裁判所に対して説明することになります。
弁護士に相談する意義
遺言書の発見は、相続手続きのスタートラインであり、最初の対応が重要です。
- 発見直後の法的なリスク回避
遺言書を発見した直後にご相談いただければ、「開封してはならない」という法的義務と、次に行うべき「検認申立て」について正確なアドバイスを提供し、相続人が知らずに法律違反を犯し、紛争のリスクを負うことを未然に防ぎます。 - 煩雑な「検認申立手続き」の代行
大変な作業である「戸籍収集」から、家庭裁判所への申立書作成・提出までを一括して代理人として行うことができます。ご遺族の負担を軽減します。 - 検認後の相続手続きへのシームレスな移行
検認は相続手続きのスタートラインに過ぎません。検認後の「検認済証明書付き遺言書」に基づき、不動産の相続登記、預貯金の解約・分配といった具体的な相続手続き(遺言執行業務)までサポートできます。
まとめ
公正証書遺言や法務局保管制度の遺言書「以外」の、特に封印された自筆証書遺言を発見した場合、相続人は勝手に開封してはいけません。これは明確な法律上の義務です。遺言書は、発見後速やかに家庭裁判所に提出し、「検認」手続きを経なければ、その後の相続手続きを進めることができません。検認申立てには膨大な戸籍収集が必要となり、一般の方には大きな負担となります。遺言書を発見したら、まず開封する前に法律の専門家にご相談いただき、法的に正しい手続きのサポートを受けることが、無用なペナルティや「争族」を回避する賢明な方法です。
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