遺言執行者の役割と権限:誰がなるべきか?専門家に依頼するメリット

はじめに

遺言書は、作成して終わりではありません。故人(遺言者)が亡くなられた後、その遺言書に書かれた内容(「長男に自宅不動産を相続させる」「預金の半分を妻に」など)を、法的に実現する手続きが必要です。この、遺言者の最後の意思を実現するために、法的な権限を与えられ、具体的な相続手続きを実行する人を「遺言執行者」と呼びます。

遺言執行者は、相続手続きにおいて非常に強力な権限を持つ一方で、相続人全員に対して重い責任を負う、重要なポジションです。2019年の民法改正により、その権限と地位がより明確化され、遺言者の意思を実現するための「執行機関」としての役割が強化されました。本稿では、遺言執行者の具体的な役割と権限、誰が遺言執行者になるべきか、そして弁護士などの専門家に依頼する具体的なメリットについて解説します。

Q&A:遺言執行者に関するよくある質問

Q1: 遺言書で父から「遺言執行者」に指定されました。具体的に何をすればよいのでしょうか? また、辞退することもできますか?

遺言執行者の任務は多岐にわたり、大きな責任を伴います。主な職務は、①相続人全員に就任の旨を通知し、②故人の財産を調査して「財産目録」を作成・交付し、③遺言書の内容通りに不動産の名義変更や預貯金の解約・分配を行うことです。この重い任務を負うことは強制ではなく、辞退することは可能です。ただし、辞退するには「正当な理由」(例:病気、高齢、多忙、遠方など)が必要であり、家庭裁判所の許可を得て辞任する手続きを踏む必要があります。勝手に放置することはできません。

Q2: 遺言執行者がいる場合、他の相続人は勝手に預金を解約したり、不動産の名義変更をしたりできますか?

いいえ、一切できません。これが遺言執行者の強力な権限です。民法第1013条は、「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない」と定めています。これに違反して相続人が勝手に行った処分行為(例:遺言の対象となっている預金を解約する等)は、原則として「無効」となります。遺言執行者がいる場合、遺言の対象となった財産に関する相続手続きの権限は、遺言執行者が独占します。これにより、特定の相続人による財産の使い込みや手続きの妨害を防ぎ、遺言者の意思を確実に実現できるようになっています。

Q3: 遺言執行者は必ず選ばないといけないのですか? 誰も指定しなかった場合はどうなりますか?

法律上、必ずしも遺言執行者を選ばなければならないわけではありません。しかし、遺言で「子の認知」や「相続人の廃除」を行う場合は、法律上、遺言執行者でなければ手続きができないため、指定が必須となります。それ以外の場合でも、相続人が多数いる、非協力的であるといったケースでは手続きが進まないため、円滑な執行のために遺言書で指定しておくことが推奨されます。もし誰も指定されておらず手続きが困難な場合は、相続人などの利害関係人が家庭裁判所に「遺言執行者選任の申立て」を行うことができます。その場合、裁判所は、事案を考慮し、弁護士などの専門家を遺言執行者として選任するのが一般的です。

遺言執行者の法的地位と具体的な役割

法的地位:遺言者の意思を実現する機関

2019年の民法改正により、遺言執行者の法的地位が明確化されました。改正前の民法では「相続人の代理人」とみなされていましたが、この規定は削除されました。現在の遺言執行者は、特定の相続人の味方ではなく、あくまで故人(遺言者)の意思を実現することだけを目的とする、中立・公正な立場です(民法1012条)。その職務遂行のため、法律は遺言執行者に相続人の行為を制限するほどの強力な権限を与えています。

具体的な仕事内容(職務)

  1. 任務開始の通知
    就任を承諾したら、遅滞なく全ての相続人に対し、就任した旨と遺言書の内容を通知します。
  2. 相続財産の調査と「財産目録」の作成・交付
    直ちに被相続人の財産調査(不動産、預貯金、株式、負債など)に着手し、「相続財産目録」を作成して、相続人全員に交付しなければなりません。
  3. 遺言の執行
    遺言書の内容に従い、以下の手続きを単独の権限で行います。
    • 預貯金の解約・払戻し
    • 不動産の名義変更(相続登記)
    • 株式など有価証券の名義書換
    • 特定の財産の引き渡し
  4. 法律行為(認知・相続人廃除)
    遺言書に子の認知や相続人廃除の記載があれば、役所への届出や家庭裁判所への申立てを行います。これらは遺言執行者にしかできない職務です。
  5. 任務完了の報告
    全ての手続きが完了したら、相続人に対し、その経過と結果を記した報告書を作成し、報告します。

誰が遺言執行者になるべきか?

遺言執行者は、「未成年者」と「破産者」以外であれば誰でもなることができます。実務上の選択肢は主に以下の三つですが、それぞれに大きな違いがあります。

選択肢1:相続人の一人(例:長男、配偶者)- 高リスクな選択

  • メリット
    専門家への報酬が不要。
  • デメリット
    ①他の相続人から「財産を隠しているのでは」「自分に有利に進めている」と疑われ、かえって紛争が激化するリスク。②法務・登記・税務の専門知識がないため、手続きに膨大な時間がかかる。③平日の日中に銀行や役所を回る時間的・精神的負担が重い。相続人の一人に強大な権限を与えることは、相続人間のパワーバランスを崩し、新たな不信感を生む「火種」となり得ます。

選択肢2:専門家(弁護士、司法書士、信託銀行など)- 推奨される選択

  • メリット
    ①法律の専門家として、法的に正確かつ迅速に手続きを遂行できる。②中立・公正な第三者であるため、他の相続人からの無用な疑念を招きにくく、冷静な手続き進行が期待できる。③相続に関するあらゆる手続きをワンストップで任せられる。
  • デメリット
    専門家報酬が発生する。

選択肢3:誰も指定しない – 手続き停滞のリスク

相続人全員の関係が円満で、全員が協力的な稀なケースでしか現実的ではありません。一人でも非協力的な相続人がいれば手続きはストップします。結局、家庭裁判所に遺言執行者を選任してもらうことになり、裁判所は弁護士などの専門家を選任することがほとんどです。

結論:専門家への依頼は、家族の平穏を守るための投資

相続人間で揉める可能性が少しでもある場合、財産が多岐にわたる場合、相続人が多い場合は、初めから中立的な専門家(弁護士など)を遺言執行者に指定しておくことが、遺言者の意思を実現する上で安全かつ確実な方法です。

相続人の一人を執行者に指定することは、一見自然に見えますが、その一人に権限と負担を集中させ、他の相続人との間に新たな紛争の火種を生むリスクを孕んでいます。遺言書を作成する真の目的が「円満な相続の実現」と「争族の防止」であるならば、作成段階から中立的な専門家である弁護士を遺言執行者に指定しておくことが確実な選択です。これは、ご自身の死後、相続手続きという重荷から家族を解放し、家族間の無用な争いを防ぐための、最後の配慮と言えるでしょう。遺言執行者の指定でお悩みの方、あるいは執行者に指定されてお困りの方は、ぜひ専門家にご相談ください。

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