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平成30年改正「自筆証書遺言の方式緩和」(平成31年1月13日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
自筆証書遺言に関し、財産目録については手書きで作成する必要がなくなりました。
※ もっとも、財産目録の各頁に署名押印をする必要があります。
<改正前>
自筆証書遺言を作成する場合には全文自書する必要がありました。

<改正後>
自書によらない財産目録を添付することができます。

民法968条1項は、自筆証書遺言をする場合には、遺言者が、遺言書の全文、日付及び氏名を自書して、これに印を押さなければならないものと定めています。
遺言書には、しばしば、「○○をAに遺贈する。」とか「△△をBに相続させる。」といった記載がなされます。遺言者が多数の財産について遺贈等をしようとする場合には、例えば、本文に「別紙財産目録1記載の財産をAに遺贈する。」「別紙財産目録2記載の財産をBに相続させる。」などと記載して、別紙として財産目録1及び2を添付するのが簡便です。このように、遺贈等の目的となる財産が多数に及ぶ場合等には、財産目録が作成されることがあります。
もっとも、多数の財産がある場合の財産目録までも全文自書することは、遺言者にとって相当な負担となります。
今回の改正によって968条2項が新設され、自筆証書によって遺言をする場合でも、例外的に、自筆証書に財産目録を添付するときは、その財産目録については自書しなくてもよいことになりました。なお、自書によらない財産目録を添付する場合には、遺言者は、その財産目録の各頁に署名押印をしなければならないこととされています。
法務省HP
自筆証書遺言の方式(全文自書)の緩和方策として考えられる例(PDF形式)
なお、自筆証書遺言の方式の緩和は、平成31年1月13日に施行されました。同日以降に自筆証書遺言をする場合には、新しい方式に従って遺言書を作成することができるようになります。
同日よりも前に、新しい方式に従って自筆証書遺言を作成していても、その遺言は無効となりますので注意してください。
Q&A
Q.
今回の改正により、自筆証書遺言の方式が緩和されたとのことですが、遺言書全文をパソコンで作成してもいいのですか?
A.
遺言書の全文をパソコンで作成することはできません。
今回の改正では、自筆証書遺言に添付する財産目録については手書きでなくてもよいこととなりましたが、遺言書の本文については、これまでどおり手書きで作成する必要があります。
Q.
財産目録の形式に決まりはありますか?
A.
目録の形式については、署名押印のほかには特段の定めはありません。
したがって、書式は自由で、遺言者本人がパソコン等で作成してもよいですし、遺言者以外の人が作成することもできます。
また、例えば、土地について登記事項証明書を財産目録として添付することや、預貯金について通帳の写しを添付することもできます。 いずれの場合であっても、財産目録の各頁に署名押印する必要がありますので、注意してください。
Q.
財産目録への署名押印はどのようにしたらよいのですか?
A.
民法968条2項は、遺言者は、自書によらない財産目録を添付する場合には、その「毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)」に署名押印をしなければならないものと定めています。つまり、自書によらない記載が用紙の片面のみにある場合には、その面又は裏面の1か所に署名押印をすればよいのですが、自書によらない記載が両面にある場合には、両面にそれぞれ署名押印をしなければなりません。
押印について特別な定めはありませんので、本文で用いる印鑑とは異なる印鑑を用いても構いません。
Q.
財産目録の添付の方法について決まりはありますか?
A.
自筆証書に財産目録を添付する方法について、特別な定めはありません。したがって、本文と財産目録とをステープラー等でとじたり、契印したりすることは必要ではありませんが、遺言書の一体性を明らかにする観点からは望ましいものであると考えられます。
なお、今回の改正は、自筆証書に財産目録を 「添付」する場合に関するものですので、自書によらない財産目録は本文が記載された自筆証書とは別の用紙で作成される必要があり、本文と同一の用紙に自書によらない記載をすることはできませんので注意してください。
Q.
自書によらない財産目録の中の記載を訂正する場合はどのようにしたらよいのですか?
A.
自書によらない財産目録の中の記載を訂正する場合であっても、自書による部分の訂正と同様に、遺言者が、変更の場所を指示して、これを変更した旨を付記してこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じないこととされています。
平成30年改正「遺産分割前に遺産が処分された場合の遺産の範囲」(令和元年7月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
相続開始後、遺産分割前に共同相続人の一人が遺産に属する財産を処分した場合に、計算上生ずる不公平を是正する方策を設け、一定の要件のもと、処分された遺産を遺産分割の対象とすることができるようになりました。
<改正前>
特別受益のある相続人が、遺産分割前に遺産を処分した場合に、不公平な結果が生じていた。

(長女による出金がなかった場合)
- 長女:(2000万 + 2000万)× 1 / 2 – 2000万 = 0円
- 長男:(2000万 + 2000万)× 1 / 2 = 2000万円
→最終的に
- 長女:0 + 2000万 = 2000万円
- 長男:2000万円
を取得する。
(出金がされた場合の処理)
遺産分割時の遺産は1000万円のみ
- 長女:1000万 × (0 / 2000万)= 0円
- 長男:1000万 × (2000万 / 2000万)= 1000万円
→最終的に
- 長女:2000万 + 1000万 + 0万 = 3000万円
- 長男:1000万円
を取得する。
(民事訴訟における救済の可能性)民事訴訟でも十分救済されない?
民事訴訟においては具体的相続分を前提とした不法行為・不当利得による請求は困難。仮に成立するとしても、法定相続分の範囲内(上記ケースだと500万円分)にとどまる。
→最終的に 長女 3000万-500万=2500万円 長男 1000万+500万=1500万円 を取得する。
依然として不当な出金をした長女の利得額が大きくなる。
<改正後>
906条の2により、処分された財産(預金)につき遺産に組み戻すことについて処分者以外の相続人(長男)の同意があれば、処分者(長女)の同意を得ることなく、処分された預貯金を遺産分割の対象に含めることを可能とし、不当な出金がなかった場合と同じ結果が実現できるようになった。

長女の取得分:0円(本来の取り分)= 1000万円(出金額)- 1000万円(代償金)
長男の取得分:2000万円(本来の取り分)= 1000万円(残預金)+1000万円(代償金)
(遺産分割審判の例)
「 長女に払い戻した預金1000万円を取得させる。長男に残預金1000万円を取得させる。長女は、長男に代償金1000万円を支払え」
→ 長女及び長男は、最終的な取得額が各2000万円となり、 公平な遺産分割を実現することができる。
改正前では、相続発生後、遺産分割時までに遺産が費消された場合の扱いについては、特段明文上の規定がなかった一方、相続実務においては、「遺産分割時に存在する遺産を分割する」という考え方が一般的でした。
そのため、共同相続人のうち一人又は数人が遺産を費消したとしても、その点を考慮せずに遺産分割することになり不公平であるという批判がありました。
また、改正法では、各共同相続人に対して預貯金の払戻しを認める制度を設けているところ、同制度に基づく適法な払戻しであれば、その後の遺産分割において調整が図られるのに対して、違法な払戻しであればその後の遺産分割において調整が図られないという問題もありました。
そこで、これらの点を考慮すべく、以下のような規定が設けられました。
(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲) 第九百六条の二
遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
判例(最判昭和54年2月22日裁判集民126号129頁)によれば、共同相続人の全員が遺産分割時に存在しない財産について、遺産分割の対象に含める旨合意した場合には、遺産分割の対象となるとされていたところ、906条の2第1項で上記判例が明文化されました。
また、906条の2第2項では、共同相続人の一人が遺産分割前に遺産を処分した場合には、当該共同相続人の同意は不要としており、これにより、改正前より遺産分割の調整が容易になりました。
906条の2は、令和元年7月1日以降に発生した相続に適用されます。
なお、906条の2は、相続開始後、遺産分割前に預貯金が無断で引き出された場合に適用され、被相続人の生前に引き出された場合には適用されません。
生前の預貯金の使い込みのケースについては、こちらをご参照ください。
相続問題サイト
遺産の使い込みのケースにおける3つのポイント
【コラム】平成30年改正「一部の遺産分割の明文化」(令和元年7月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
遺産の一部分割について、協議で遺産分割が行えることを明確にしたとともに、家庭裁判所に遺産分割の調停又は審判を求める場合にも、遺産の一部の分割を請求できるようになりました。
<改正前>
改正前の民法907条1項は、「共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる。」と規定しているのみで、一部分割が可能かどうか明文化されていませんでした。遺産分割審判においては、①遺産の一部を他の部分と分離して分割する合理的な理由があること、②遺産の一部を分割することによって全体としての適正な分割を行うために支障が生じないことという要件を満たす限りで例外的に一部分割が認められるものでした。
<改正後>
改正後の民法907条1項では、「共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。」とし、一部分割も可能である旨を明らかにしました。
また、同条2項本文では、「遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。」とし、家庭裁判所に遺産分割の調停又は審判を求める場合にも、遺産の一部の分割を請求できるようになりました。さらに、同条2項但書で、「ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。」と、上記②の要件のみが定められ、①の要件は不要となりました。
遺産の対象に不動産や非上場会社の株式などがあると、その評価をめぐって争いになり、遺産分割が進まないことがあります。また、遺産が多かったり、被相続人と同居していた相続人が遺産を開示しなかったりして、遺産の対象となる財産が確定できず、遺産分割が進まないこともあります。
今回の改正により、争いのない遺産については、ほかの遺産と切り離して一部分割もできることになり、紛争の早期解決に資することが期待されています。
【コラム】平成30年改正「預貯金の払戻し制度の創設」(令和元年7月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
預貯金が遺産分割の対象となる場合に、各相続人は、遺産分割が終わる前でも、一定の範囲で預貯金の払戻しを受けることができるようになりました。
<改正前>
平成28年12月19日最高裁大法廷決定により、
① 相続された預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれることとなり、
② 共同相続人による単独での払戻しができない、
こととされました。
そのため、生活費や葬儀費用の支払、相続債務の弁済などの資金需要がある場合にも、遺産分割が終了するまでの間は、被相続人の預金の払戻しができないこととなっていました。
<改正後>
遺産分割における公平性を図りつつ、相続人の資金需要に対応できるよう、以下の2つの制度が設けられました。
(1)の方策については限度額が定められていることから、小口の資金需要については(1)の方策により、限度額を超える比較的大口の資金需要がある場合については(2)の方策を用いることになるものと考えられます。
(1)家庭裁判所の判断を経ないで、預貯金の払戻しを認める方策
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、各口座ごとに以下の計算式で求められる額(ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額(150万円)を限度とする。)までについては、他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しをすることができる。
共同相続人が権利行使をした預貯金債権については、遺産の一部分割により取得したものとして、のちの遺産分割で精算することとされる。
【計算式】
単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)
(例)被相続人(父) 相続人(子2人)の場合
預金600万円 → 子1人が単独で100万円を払戻しすることができる。
(2)家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する方策
預貯金債権の仮分割の仮処分については、家事事件手続法第200条第2項の要件(事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があること)を緩和することとし、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは、他の共同相続人の利益を害しない限り、申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができることにする。
なお、遺産分割前の預貯金の払戻し制度については、新法主義が採用され、相続開始が施行日前であっても適用されます。
【コラム】平成30年改正「婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の贈与等に関する優遇措置」(令和元年7月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
婚姻期間が20年以上である夫婦間で居住用不動産(居住用建物又はその敷地)の遺贈又は贈与がされた場合については、原則として、遺産分割における配偶者の取り分が増えることになりました。
<改正前>
贈与等を行ったとしても、原則として遺産の先渡し(特別受益)を受けたものとして取り扱うため、配偶者が最終的に取得する財産額は、結果的に贈与等がなかった場合と同じになる。
→ 被相続人が贈与等を行った趣旨が遺産分割の結果に反映されない。

このような場合における遺贈や贈与は、配偶者の長年にわたる貢献に報いるとともに、老後の生活保障の趣旨で行われる場合が多いのですが、計算上、遺産の先渡し(特別受益)を受けたと取り扱われるために、被相続人が贈与等を行った趣旨が遺産分割の結果に反映されないものとなっていました。
そこで、婚姻期間が20年以上である配偶者の一方が他方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地(居住用不動産)を遺贈又は贈与した場合については、原則として、特別受益を受けたものとして取り扱わなくてよいこととなりました。
これにより、遺贈や贈与の趣旨を尊重した遺産の分割が可能となり、法律婚の尊重、高齢の配偶者の生活保障に資することとなりました。
<改正後>
被相続人の持戻し免除の意思表示の推定規定(民法903条4項)を設けることにより、原則として遺産の先渡し(特別受益)を受けたものと取り扱う必要がなくなり、配偶者は、より多くの財産を取得することができるようになる。
→ 被相続人の贈与等の趣旨に沿った遺産の分割が可能となる。

特別受益の持戻し
特別受益の持戻しとは、被相続人から、遺贈を受けたり、婚姻・養子縁組のため、もしくは生計の資本として生前贈与を受けたりした共同相続人は、原則として、遺産の先渡し(特別受益)を受けたものと取り扱われることです。
被相続人が亡くなったときに有していた財産の価額にその贈与等の価額を加えたものを相続財産とみなし、法定相続分の割合で算定した金額からその贈与等の価額を控除した残額がその者の相続分となります(民法903条1項)。
贈与等の価額が相続分の価額に等しいか、またはそれを超える場合には、贈与等を受けた者はその相続分を受けることができません(民法903条2項)。
持戻し免除の意思表示の推定
もっとも、被相続人が特別受益の持戻しを望まない場合も少なくありません。その場合に、被相続人が特別受益を持ち戻す必要がない旨の意思表示をすることで持戻しをなくすことを持戻し免除の意思表示といいます。
そして、長期間の婚姻生活を過ごしてきた夫婦間において、自宅を贈与等する場合、被相続人(亡夫)の意思として、配偶者(妻)に多くの財産を遺してあげようと考えていると思われます。
そこで、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について持戻し免除の意思表示をしたものと推定することとなりました(民法903条4項)。
施行日
民法903条4項については、令和元年7月1日施行であり、施行日後に行われた贈与等について適用されます。相続開始が施行日以後であっても、施行日前(令和元年6月30日以前)にされた贈与等については適用されません。
夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除
婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合、贈与税について、基礎控除110万円のほかに最高2000万円まで控除(配偶者控除)できるという特例があります。
特例の適用を受けるための要件は、以下のとおりです。
- 夫婦の婚姻期間が20年を過ぎた後に贈与が行われたこと
- 配偶者から贈与された財産が、 居住用不動産であることまたは居住用不動産を取得するための金銭であること
- 贈与を受けた年の翌年3月15日までに、贈与により取得した居住用不動産または贈与を受けた金銭で取得した居住用不動産に、贈与を受けた者が現実に住んでおり、その後も引き続き住む見込みであること
(注1)「居住用不動産」とは、専ら居住の用に供する土地もしくは土地の上に存する権利または家屋で国内にあるものをいいます。
(注2)配偶者控除は同じ配偶者からの贈与については一生に一度しか適用を受けることができません。
詳細は、国税庁ホームページの下記ページをご参照ください。
国税庁HP
No.4452 夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除
【コラム】平成30年改正「配偶者居住権の創設」(令和2年4月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
配偶者が相続開始時に被相続人所有の建物に居住していた場合に、配偶者は、 遺産分割において配偶者居住権を取得することにより、終身又は一定期間、その建物に無償で居住することができるようになりました。被相続人が遺贈等によって配偶者に配偶者居住権を取得させることもできます。
配偶者居住権
<改正前>
配偶者が居住建物を取得する場合には、他の財産を受け取れなくなってしまうことがありました。

<改正後>
配偶者は自宅での居住を継続しながらその他の財産も取得できるようになりました。

配偶者居住権とは
残された配偶者が被相続人の所有する建物(夫婦で共有していた建物でもかまいません)に居住していた場合で、一定の要件を充たすときに、被相続人が亡くなった後も、配偶者が、賃料の負担なくその建物に住み続けることができる権利です。
建物の価値を「所有権」と「居住権」に分けて考え、残された配偶者は建物の所有権を持っていなくても、一定の要件の下、居住権を取得することで、亡くなった人が所有していた建物に引き続き住み続けられるようにするものです。
残された配偶者は、被相続人の遺言や、相続人間の話合い(遺産分割協議)等によって、配偶者居住権を取得することができます。
配偶者居住権は、第三者に譲渡したり、所有者に無断で建物を賃貸したりすることはできませんが、その分、建物の所有権を取得するよりも低い価額で居住権を確保することができるので、遺言や遺産分割の際の選択肢の一つとして、配偶者が、配偶者居住権を取得することによって、預貯金等のその他の遺産をより多く取得することができるというメリットがあります。
配偶者居住権の成立要件
配偶者居住権が成立するためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
- 残された配偶者が、被相続人の法律上の配偶者であること
- 配偶者が、被相続人が所有していた建物に、相続開始(被相続人が亡くなった)ときに居住していたこと
- ①遺産分割、②遺贈、③死因贈与、④家庭裁判所の審判のいずれかにより配偶者居住権を取得したこと(①は相続人の間での話合い、②③は配偶者居住権に関する遺言又は死因贈与契約書がある場合、④は相続人の間で①遺産分割の話合いが整わない場合です)
配偶者居住権の財産的価値
残された配偶者が、遺産分割によって、配偶者居住権を取得する場合には、配偶者は、自らの具体的相続分(遺産分割の際の取り分)の中から取得することになるため、配偶者居住権の財産的価値を評価する必要があります(※)。
配偶者居住権の財産的価値の評価については、様々な評価方式がありますが、例えば、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会では、評価方式を明らかにした研究報告書を公表しています。
日本不動産鑑定士協会連合会HP
「配偶者居住権等の鑑定評価に関する研究報告」の公表について(お知らせ)
また、相続人との話合いで遺産分割をする場合には、より簡便な評価方式を利用することも考えられますが、法務省でもそのような評価方式の一例が紹介されています。
法務省HP
配偶者の住居権を長期的に保護するための方策(配偶者住居権)
このほか、相続税における配偶者居住権の価額の評価方法を参照することも考えられます。
国税庁HP
No.4666 配偶者居住権等の評価
- 相続人との話合いの内容によっては、必ずしも配偶者居住権の財産的価値を評価する必要がない場合もあります。
配偶者居住権の設定(施行)日
配偶者居住権に関する規定の施行期日は令和2年4月1日です。
令和2年4月1日以降に亡くなられた方の相続から配偶者居住権が設定できます。
相続開始日が令和2年3月以前の場合、遺産分割協議が令和2年4月1日以降であっても、配偶者居住権は設定できません。
また、遺言で配偶者居住権を遺贈することができますが、令和2年4月1日以降に作成された遺言である必要があります。
配偶者居住権の登記
配偶者居住権は、前記の成立要件を満たしていれば、権利として発生していますが、配偶者居住権を第三者に対抗するためには登記が必要であり、居住建物の所有者は配偶者に対して配偶者居住権の登記を備えさせる義務を負っています。
権利を主張するための登記は、登記の先後で優劣が決まりますので、権利関係をめぐるトラブルを避けるためには、配偶者居住権を取得したらできるだけ早く登記手続をする必要があります。
配偶者居住権の設定登記は配偶者(権利者)と居住建物の所有者(義務者)との共同申請となります。
配偶者居住権の設定登記ができるのは建物のみで、その敷地である土地には登記できません。被相続人が建物を配偶者以外と共有していた場合は、配偶者居住権の対象となりません。
Q.
わたしが亡くなった時に備えて、配偶者のために配偶者居住権を設定したいと考えているのですが、どのようにすればよいですか?
A.
あなたの所有する建物に配偶者が居住している場合は、遺言で配偶者に配偶者居住権を遺贈することで、配偶者居住権を設定することができます。
もっとも、その遺言で配偶者が配偶者居住権を取得するためには、あなたが亡くなった時点でもその建物に配偶者が居住していたことが必要になります。
このとき、あなたと配偶者が婚姻してから20年以上の夫婦である場合は、配偶者居住権を設定しても、原則として遺産分割で配偶者の取り分が減らされることはありません(※)。
- 婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の贈与等に関する優遇措置について
通常、被相続人が意思表示をしていない限り、被相続人が配偶者に財産を生前贈与又は遺贈をした場合は、遺産分割において、配偶者は既に相続財産の一部の先渡しを受けたものとみなされます。
しかしながら、婚姻期間が20年以上の夫婦の間でされた居住用の不動産の生前贈与又は遺贈については、被相続人は、残された配偶者の老後の生活保障を厚くするつもりで行われたものと推定されますので、被相続人が異なる意思表示をしていない限り、相続財産の先渡しとして取り扱われません(当該財産は、相続財産には含めないこととなります)。
Q.
わたしの配偶者が、遺言をしないまま死亡しました。残されたわたしとしては、配偶者居住権を取得したいと考えているのですが、どのようにすればよいですか?
A.
被相続人が、遺言によって所有する建物に配偶者居住権を設定せずに亡くなった場合でも、その時点で当該建物に居住していたときは、あなたは、他の相続人と遺産分割の協議をすることで配偶者居住権を取得することができます。
遺産分割の協議が調わないときは、家庭裁判所に遺産分割の審判の申立てをすることによって、あなたが配偶者居住権を取得することができる場合があります。
Q.
配偶者居住権が存続している間、配偶者と居住建物の所有者には、どのような法律関係が生じますか?
A.
配偶者居住権が存続している間の、配偶者居住権者と居住建物の所有者との主な法律関係は、以下のとおりです。
- 居住建物の使用等について
配偶者居住権者は、無償で居住建物に住み続けることができますが、これまでと異なる用法で建物を使用することはできません(例えば、建物の所有者に無断で賃貸することはできません)。
また、建物の使用に当たっては、建物を借りて住んでいる場合と同様の注意を払う必要があります。 - 建物の修繕について
居住建物の修繕は、配偶者がその費用負担で行うこととされています。建物の所有者は、配偶者が相当の期間内に必要な修繕をしないときに自ら修繕をすることができます。 - 建物の増改築について
配偶者は、建物の所有者の承諾がなければ、居住建物の増改築をすることはできません。
Q.
配偶者居住権が設定された居住建物の固定資産税は誰が負担することになりますか?
A.
固定資産税の納税義務者は、原則として固定資産の所有者とされており、配偶者居住権が設定されている場合であっても、居住建物の所有者が納税義務者になるものと考えられます。
もっとも、改正法においては、居住建物の通常の必要費は配偶者が負担することとされており、固定資産税は通常の必要費に当たると考えられます。
したがって、居住建物の所有者は、固定資産税を納付した場合には、配偶者に対して求償することができると考えられます。
Q.
わたしは配偶者居住権を取得しましたが、わたしの家族や家事使用人を居住建物に同居させることはできますか?
A.
配偶者居住権は配偶者の居住を目的とする権利ですので、配偶者が家族や家事使用人と同居することも当然予定されています。
したがって、あなたは、これらの人を建物に同居させることも可能です。
もっとも、建物を賃貸住宅として第三者に賃貸しようとする場合には、あなたは建物の所有者の承諾を得なければなりませんので、注意が必要です。
Q.
わたしは配偶者居住権を取得しましたが、その後、老人ホーム等に入居することになりました。いらなくなった配偶者居住権を第三者に売って、介護施設に入るための資金を得たいと考えているのですが、どのようにしたらよいですか?
A.
配偶者居住権は配偶者の居住を目的とする権利ですので、第三者に配偶者居住権を譲り渡すことはできません。
もっとも、あなたが、配偶者居住権を放棄することを条件に、これによって利益を受ける建物の所有者から金銭の支払を受けることは可能です。
また、あなたは、建物の所有者の承諾を得れば、第三者に居住建物の使用又は収益をさせることができますので、例えば、使用しなくなった建物を第三者に賃貸することで、賃料収入を得て、介護施設に入るための資金を確保することもできます。
配偶者短期居住権
配偶者短期居住権とは
配偶者が相続開始時に遺産に属する建物に居住していた場合は、遺産分割が終了するまでの間、配偶者短期居住権(使用借権類似の法定債権)を付与し、無償でその居住建物に住み続けることができます。
また、居住建物が第三者に遺贈された場合や、配偶者が相続放棄して共有持分を有しない場合には、居住建物の所有者による消滅請求を受けてから6か月間は無償で住み続けることもできます。
配偶者短期居住権の登記
配偶者居住権と異なり、配偶者短期居住権は、登記することはできません。万が一、建物が第三者に譲渡されてしまった場合には、その第三者に対して、配偶者短期居住権を主張することができません。
配偶者は、建物を譲渡した者に対して、債務不履行に基づく損害賠償を請求することが考えられます。
Q.
被相続人が遺言をすることなく死亡し、相続人間で遺産分割をすることになりました。配偶者であるわたしは、いつまで居住建物に住み続けることができますか?
A.
あなたが居住していた建物について、遺産分割の協議が行われる場合には、あなたは遺産分割の協議がまとまるか、遺産分割の審判がされるまで、建物に住み続けることができます。
遺産分割が早期に行われた場合でも、被相続人が亡くなってから6か月間は、建物に住み続けることができます。
Q.
被相続人は、わたしが住んでいる居住建物を第三者に遺贈してしまいました。配偶者であるわたしは、直ちに居住建物から出ていかなければいけないのでしょうか?
A.
あなたが居住していた建物が、被相続人によって他の相続人や第三者に遺贈された場合であっても、直ちに建物を明け渡す必要はありません。遺贈を受けた人から、「配偶者短期居住権の消滅の申入れ」を受けた日から6か月間は、無償で建物に住み続けることができるので、その間に転居先を探すことができます。
Q.
被相続人が死亡しましたが、借金があったので相続放棄をしようと考えています。配偶者であるわたしは、いつまで居住建物に住み続けることができますか?
A.
相続放棄後、直ちに建物を明け渡す必要はありません。建物の所有権を取得した人から、「配偶者短期居住権の消滅の申入れ」を受けた日から6か月間は、無償で建物に住み続けることができるので、その間に転居先を探すことができます。
Q.
配偶者短期居住権が存続している間、配偶者と居住建物取得者には、どのような法律関係が生じますか?
A.
配偶者短期居住権が存続している間の配偶者短期居住権者と居住建物の所有者と間の主な法律関係は、以下のとおりです。
居住建物の使用等について
配偶者短期居住権者は、定められた期間の範囲内で建物に住み続けることができますが、これまでと異なる用法で建物を使用することはできないほか(例えば、建物の所有者に無断で賃貸することはできません)、建物の使用に当たっては、建物を借りて住んでいる場合と同様の注意を払う必要があります。
建物の修繕について
配偶者居住権と同様、居住建物の修繕が必要な場合には、配偶者がその費用負担で修繕を行うこととされています。建物の所有者は、配偶者が相当の期間内に必要な修繕をしないときに自ら修繕をすることができます。
建物の増改築について
配偶者居住権と同様、配偶短期居住権者は、建物所有者に無断で建物の増改築をすることはできません。
建物の固定資産税について
配偶者居住権と同様、配偶者は、建物の通常の必要費を負担することとなっているので、居住建物やその敷地の固定資産税等を負担することになります。