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事業承継と遺留分対策:経営承継円滑化法(遺留分に関する民法の特例)の活用

2026-07-01

はじめに

「父が経営する会社の株式を後継者である長男に集中して承継させたいが、他の相続人から遺留分侵害額請求をされると事業の継続が困難になるのではないか」「先代が生前贈与した自社株式の評価額が大幅に上昇しており、遺留分の算定で不利になるのではないか」――中小企業の事業承継において、遺留分の問題は極めて深刻な経営リスクとなり得ます。

事業承継においては、後継者に自社株式や事業用資産を集中的に承継させる必要がありますが、これが他の相続人の遺留分を侵害する結果となる場合、遺留分侵害額請求によって多額の金銭支払いを求められ、事業の存続自体が危ぶまれる事態に陥りかねません。こうした問題に対処するため、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法)では、遺留分に関する民法の特例として「除外合意」と「固定合意」の制度が設けられています。本稿では、事業承継と遺留分の問題点を整理した上で、経営承継円滑化法の特例制度の内容、要件、手続きの流れ、そして生命保険や遺言との組み合わせによる総合的な対策について解説します。

Q&A

Q1. 事業承継において遺留分が問題となるのはどのような場面ですか?

A. 後継者に自社株式や事業用資産を集中させた結果、他の相続人の遺留分を侵害する場合です。遺留分侵害額請求がなされると、後継者は金銭での支払いを求められ、事業資金の流出や自社株式の分散といった深刻な問題が生じます。

Q2. 経営承継円滑化法の「除外合意」「固定合意」とは何ですか?

A. 除外合意とは、先代経営者から後継者に贈与された自社株式を遺留分算定の基礎財産から除外する合意です。固定合意とは、贈与時の評価額で遺留分算定上の価額を固定する合意です。いずれも推定相続人全員の合意に基づき、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を経て効力が生じます。

Q3. 遺留分対策として他にどのような方法がありますか?

A. 経営承継円滑化法の特例に加え、生命保険を活用して遺留分侵害額請求に対する資金を確保する方法や、遺言と組み合わせて相続全体の設計を行う方法があります。これらを総合的に活用することで、より確実な事業承継対策が可能となります。

解説

1. 事業承継と遺留分の問題点

中小企業の事業承継では、経営の安定性を確保するため、後継者に自社株式や事業用資産を集中的に承継させることが不可欠です。しかし、遺留分制度との関係で以下のような問題が生じます。

  • 自社株式の分散リスク:後継者に株式を集中させると、他の相続人の遺留分を侵害する可能性が高くなります。2019年7月施行の改正民法により、遺留分侵害額請求権は金銭債権化されましたが、後継者が支払資金を確保できなければ経営に重大な支障をきたします。
  • 株式評価額の変動リスク:先代経営者が後継者に自社株式を生前贈与した場合、遺留分算定上の評価は贈与時ではなく相続開始時の時価で行われます(民法1044条、1043条)。後継者の経営努力によって企業価値が上昇すると、遺留分の額も増大し、後継者にとって不公平な結果となります。
  • 事業用資産の処分リスク:遺留分侵害額の支払いのために事業用資産を処分せざるを得なくなれば、事業の継続そのものが困難となります。特に中小企業では、事業用資産と個人資産の区別が曖昧なケースも多く、影響は一層深刻です。

2. 経営承継円滑化法の概要

経営承継円滑化法(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)は、中小企業の事業承継を円滑に行うための総合的な支援策を定めた法律です。同法では、遺留分に関する民法の特例、事業承継時の金融支援措置、事業承継税制(贈与税・相続税の納税猶予及び免除)の3つの柱が設けられています。

このうち、遺留分に関する民法の特例は、後継者が先代経営者から贈与等により取得した自社株式について、遺留分算定の際の取扱いを変更する制度であり、「除外合意」と「固定合意」の2種類があります。これらの合意は、推定相続人全員の書面による合意を前提とし、経済産業大臣の確認及び家庭裁判所の許可を経ることで効力が生じます。

3. 除外合意(遺留分算定基礎からの除外)

除外合意とは、先代経営者から後継者に贈与された自社株式について、遺留分を算定するための財産の価額に算入しないことを推定相続人全員で合意するものです(経営承継円滑化法4条1項1号)。

除外合意がなされると、贈与された自社株式は遺留分算定の基礎財産から完全に除外されます。これにより、後継者は他の相続人から遺留分侵害額請求を受けるリスクを排除でき、安心して事業経営に専念することができます。株式の評価額がいくら上昇しても遺留分の問題が生じないため、後継者の経営意欲を損なわないという大きなメリットがあります。

もっとも、除外合意により他の推定相続人の遺留分が実質的に減少することになるため、合意の形成にあたっては、他の推定相続人に対して代償措置(金銭の支払いや他の財産の分配等)を検討することが実務上重要です。

4. 固定合意(評価額の固定)

固定合意とは、先代経営者から後継者に贈与された自社株式について、遺留分算定における価額を合意時点の評価額で固定することを推定相続人全員で合意するものです(経営承継円滑化法4条1項2号)。

通常、生前贈与された財産の遺留分算定上の価額は相続開始時の時価で評価されるため、後継者の経営努力により株式の価値が上昇すると、遺留分の額も増大してしまいます。固定合意によって合意時点の評価額に固定すれば、その後の企業価値の上昇分は遺留分の算定に反映されなくなり、後継者の経営努力が報われる結果となります。

なお、固定合意における株式の評価額は、合意時における相当な価額として弁護士、公認会計士、税理士等の専門家が証明したものでなければなりません。除外合意と固定合意は、それぞれ単独でも併用でも利用することが可能です。

5. 特例の適用要件

経営承継円滑化法の遺留分特例を利用するためには、以下の要件を満たす必要があります。

(1)対象会社の要件

  • 中小企業者であること(中小企業基本法上の中小企業に該当すること)
  • 合意時点において3年以上継続して事業を行っていること
  • 上場会社でないこと

(2)先代経営者(旧代表者)の要件

  • 過去又は合意時点において会社の代表者であること
  • 後継者に対して株式の贈与等を行っていること

(3)後継者の要件

  • 合意時点において会社の代表者であること
  • 先代経営者からの贈与等により株式を取得し、会社の議決権の過半数を保有していること
  • 先代経営者の推定相続人であること

(4)合意の要件

  • 先代経営者の推定相続人全員の書面による合意であること
  • 固定合意の場合は、合意時の株式の価額について弁護士等の証明を受けていること

6. 手続きの流れ

経営承継円滑化法の遺留分特例を利用するための手続きは、以下の流れで進められます。

ステップ1:推定相続人全員による合意書の作成

後継者が主導して、先代経営者の推定相続人全員との間で除外合意又は固定合意(あるいはその両方)の合意書を作成します。合意書は書面で作成する必要があり、全員の署名又は記名押印が求められます。合意の際には、株式以外の財産の配分方法についても併せて取り決めておくことが望ましいです。

ステップ2:経済産業大臣の確認

合意書の作成後、合意の日から1か月以内に、後継者が経済産業大臣に対して確認の申請を行います。経済産業大臣は、対象会社・先代経営者・後継者がそれぞれの要件を満たしていること、合意が適切になされていることを確認し、確認書を交付します。

ステップ3:家庭裁判所の許可

経済産業大臣の確認を受けた日から1か月以内に、後継者は家庭裁判所に対して合意の許可を申し立てます。家庭裁判所は、合意が推定相続人全員の真意に基づくものであるか、合意内容が不当でないかを審査した上で許可の判断を行います。家庭裁判所の許可が得られることで、合意の効力が確定します。

これらの手続きには厳格な期限が設けられているため、スケジュール管理を徹底し、各ステップを計画的に進めることが重要です。

7. 生命保険の活用

経営承継円滑化法の特例を利用できない場合や、特例と併用してさらに万全な対策を講じたい場合には、生命保険の活用が有効です。具体的には、以下のような活用方法が考えられます。

  • 遺留分侵害額請求への備え:先代経営者を被保険者、後継者を受取人とする生命保険に加入し、死亡保険金を遺留分侵害額請求の支払い原資として確保します。生命保険金は原則として受取人固有の財産であり、遺産には含まれないため、遺留分算定の基礎財産にも原則として算入されません。
  • 代償分割資金の確保:後継者が事業用資産を取得する代わりに、他の相続人に代償金を支払う「代償分割」を行う場合、生命保険金をその代償金の原資として活用することができます。
  • 納税資金の確保:相続税の納税資金として生命保険金を活用することで、事業用資産の売却による事業への影響を回避できます。生命保険金には一定の非課税枠(500万円×法定相続人の数)もあるため、節税効果も期待できます。

ただし、生命保険金の額がその他の相続財産の額と比較して著しく高額であるなど、特段の事情がある場合には、例外的に遺留分算定の基礎に含まれる可能性がある点には注意が必要です。保険金額の設定にあたっては、専門家の助言を受けることをお勧めします。

8. 遺言との組み合わせ

事業承継対策としては、経営承継円滑化法の特例や生命保険の活用に加え、遺言を作成しておくことが重要です。遺言による対策のポイントは以下のとおりです。

  • 自社株式の帰属の明確化:遺言で後継者に自社株式を相続させる旨を明記しておくことで、遺産分割協議を経ずに速やかに後継者への株式移転を実現できます。遺産分割の紛争を回避し、経営の空白期間を最小限に抑える効果があります。
  • 付言事項の活用:遺言の付言事項として、事業承継に対する先代経営者の想いや、後継者を選んだ理由、他の相続人への感謝の意を記載することで、相続人間の感情的な対立を緩和し、遺留分侵害額請求のリスクを軽減する効果が期待できます。
  • 遺留分を考慮した財産配分:自社株式は後継者に集中させつつ、他の相続人にはそれ以外の財産(不動産、預貯金等)を遺留分に相当する程度で配分する内容の遺言を作成することで、遺留分侵害額請求のリスクを低減させることができます。

遺言は公正証書遺言の形式で作成することが推奨されます。公正証書遺言は公証人が作成に関与するため、形式不備による無効リスクが低く、検認手続きも不要であるため、事業承継の場面では特に有用です。

弁護士に相談するメリット

事業承継と遺留分対策は、会社法、税法、民法の各分野にまたがる複雑な問題であり、総合的な法的アドバイスが不可欠です。弁護士に相談することには以下のようなメリットがあります。

  • 経営承継円滑化法の活用支援:除外合意・固定合意の合意書作成、経済産業大臣への確認申請、家庭裁判所への許可申立てといった手続きを一貫してサポートします。
  • 総合的な事業承継プランの策定:遺言、生命保険、事業承継税制など、複数の制度を組み合わせた最適な事業承継プランを策定します。
  • 推定相続人間の調整:推定相続人全員の合意を得るための交渉・調整を弁護士が第三者的な立場で行い、円滑な合意形成を支援します。
  • 遺留分侵害額請求への対応:万一遺留分侵害額請求がなされた場合にも、適切な評価額の主張や減額交渉など、後継者の利益を守るための対応を行います。
  • 税理士等との連携:株式評価や事業承継税制の適用については税理士との連携が不可欠であり、弁護士がチームの中心となって各専門家との連携体制を構築します。

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、茨城県内4拠点(牛久本部・日立支所・水戸支所・守谷支所)で事業承継と相続に関するご相談を承っております。経営者の皆様が安心して事業を次世代に引き継ぐことができるよう、初回のご相談から解決まで一貫したサポートが可能です。

まとめ

本稿では、事業承継と遺留分対策について、経営承継円滑化法の特例を中心に解説しました。要点を整理すると以下のとおりです。

  • 事業承継では後継者への株式集中と遺留分の問題が深刻な経営リスクとなり得る
  • 除外合意により自社株式を遺留分算定の基礎財産から除外し、遺留分侵害額請求のリスクを排除できる
  • 固定合意により贈与時の評価額で固定し、後継者の経営努力による企業価値上昇を保護できる
  • 特例の適用には推定相続人全員の合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可が必要
  • 生命保険の活用により遺留分侵害額請求への支払い原資や代償分割資金を確保できる
  • 遺言(特に公正証書遺言)との組み合わせにより、総合的な事業承継対策が可能となる

事業承継は企業の存続に関わる重要な課題であり、遺留分の問題を適切に処理しなければ、後継者の経営基盤が揺らぎかねません。「自社株式の承継と遺留分の関係が心配」「経営承継円滑化法の特例を利用したい」「総合的な事業承継対策を検討したい」など、事業承継に関するお悩みがございましたら、弁護士法人長瀬総合法律事務所までお気軽にご相談ください。

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