生前贈与後のトラブル事例と解決策──贈与が「争族」の火種にならないために

はじめに

「相続税の負担を減らすために生前贈与を進めてきたが、贈与後に思わぬトラブルが発生してしまった」「子どもに不動産を贈与したら、他の相続人から不満が出て家族関係が悪化した」──このようなご相談は、当事務所にも数多く寄せられています。

生前贈与は、相続税対策として有効な手段の一つですが、贈与後に受贈者との関係が悪化するケース、税務署から名義預金として否認されるケース、贈与者自身の生活が困窮するケース、不動産の共有トラブル、そして他の相続人からの遺留分侵害額請求など、さまざまなトラブルが生じる可能性があります。本稿では、生前贈与後に起こりやすい典型的なトラブル事例を取り上げ、それぞれの法的な問題点と具体的な解決策・予防策を解説します。

Q&A

Q1. 生前贈与をした後、受贈者(もらった側)が面倒を見てくれなくなった場合、贈与を取り消すことはできますか?

A. 書面によらない贈与であれば、まだ履行が終わっていない部分について撤回が可能です(民法550条)。また、受贈者に著しい忘恩行為(贈与者に対する虐待、重大な侮辱、その他の著しい非行)があった場合には、書面による贈与であっても贈与の撤回(取消し)が認められる場合があります(民法550条・551条の趣旨、判例法理)。ただし、撤回が認められるかどうかは個別の事情によるため、弁護士に相談されることをお勧めします。

Q2. 子どもの口座に毎年110万円を振り込んでいましたが、名義預金とみなされるリスクはありますか?

A. 名義は子どもであっても、通帳・印鑑の管理を贈与者が行っていた場合や、受贈者が贈与の事実を認識していなかった場合には、税務署から「名義預金」として贈与を否認され、相続財産に含まれるリスクがあります。贈与契約書の作成、受贈者自身による通帳・印鑑の管理、贈与税の申告(110万円を少し超える贈与を行い、あえて申告する方法も有効)など、贈与の実態を客観的に証明できる対策が重要です。

Q3. 生前贈与によって他の相続人の遺留分を侵害していた場合、どうなりますか?

A. 相続開始後、遺留分を侵害された相続人は、受贈者に対して遺留分侵害額請求権を行使することができます(民法1046条)。特別受益に該当する生前贈与は、相続開始前10年以内のものが遺留分算定の基礎財産に算入されます(民法1044条3項)。ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは、10年より前の贈与も算入されます。遺留分侵害額請求を受けた場合、金銭での支払いが原則となります。

解説

1. 受贈者の忘恩行為と贈与の撤回

生前贈与後に多いトラブルの一つが、受贈者が贈与者の面倒を見なくなるケースです。例えば、「老後の世話をしてもらう約束で自宅を贈与したが、贈与後に子どもが全く訪問しなくなった」「介護をしてもらうつもりで多額の金銭を贈与したが、受贈者が遠方に転居してしまった」といった事例が典型的です。

民法上、書面によらない贈与は、まだ履行が終わっていない部分について、各当事者が撤回することができます(民法550条)。もっとも、不動産の名義変更や金銭の交付が完了している場合は「履行が終わった」とされるため、この規定だけでは対応が困難なケースが多くあります。

そこで問題となるのが、受贈者の「忘恩行為」を理由とする贈与の撤回です。判例上、受贈者が贈与者に対して著しい忘恩行為を行った場合には、信義則に基づき贈与契約の解除や不当利得返還請求が認められる余地があるとされています。もっとも、忘恩行為の認定は裁判所の判断によるため、「面倒を見なくなった」というだけで直ちに撤回が認められるわけではありません。贈与者の側で、贈与に至った経緯や受贈者との約束の内容を客観的に証明できる資料を残しておくことが重要です。

【予防策】

  • 負担付贈与契約として、受贈者の義務(介護、定期的な訪問等)を契約書に明記する
  • 義務不履行の場合の契約解除条項を設ける
  • 一度に全額を贈与せず、段階的に贈与を行う

2. 名義預金と税務署による否認

名義預金とは、口座の名義は子どもや孫になっているものの、実質的には贈与者(被相続人)の財産とみなされる預金のことをいいます。税務署は相続税調査において名義預金を重点的にチェックしており、以下のような場合に贈与が否認されるリスクがあります。

  • 通帳・印鑑・キャッシュカードを贈与者が管理している
  • 受贈者が口座の存在や入金の事実を認識していない
  • 贈与契約書が作成されていない
  • 毎年同じ金額・同じ時期に機械的に振り込んでいる(定期贈与とみなされるリスク)

名義預金と認定されると、その預金は被相続人の相続財産として相続税の課税対象となります。さらに、過少申告加算税や延滞税が課される可能性もあるため、贈与の実態を客観的に証明できる体制を整えておくことが不可欠です。

【予防策】

  • 贈与のたびに贈与契約書を作成し、双方が署名・押印する
  • 受贈者自身が通帳・印鑑・キャッシュカードを管理する
  • 受贈者が預金を自由に使える状態にしておく(引き出し実績を作る)
  • 毎年の贈与額や時期を変える(定期贈与の疑いを避ける)

3. 贈与後の贈与者の生活困窮リスク

相続税対策を重視するあまり、贈与者自身の生活資金を過度に減少させてしまうケースも少なくありません。特に高齢者の場合、将来の医療費や介護費用の増加は予測が困難であり、贈与時点では十分と思われた手元資金が、数年後には不足するという事態が生じ得ます。

一度完了した贈与は、原則として取り消すことができません。贈与者が生活に困窮しても、受贈者に対して贈与した財産の返還を求める法的な根拠は、特別な事情(負担付贈与における義務不履行、詐欺・強迫など)がない限り存在しません。そのため、贈与を実行する前に、贈与者自身の今後の生活設計を十分に検討することが重要です。

【予防策】

  • 贈与前に、今後の生活費・医療費・介護費用を含むライフプランを作成する
  • 一度に多額の贈与を行わず、毎年の状況を確認しながら段階的に贈与する
  • 任意後見契約や家族信託の活用により、将来の財産管理体制を整えておく

4. 不動産贈与後の共有トラブル

不動産を複数の子どもに贈与した場合、共有状態が生じることでさまざまなトラブルが発生します。共有不動産は、各共有者が単独で行える行為が限定されており(民法249条以下)、管理行為には持分の過半数の同意が必要であり(民法252条)、処分(売却等)には共有者全員の同意が必要です(民法251条)。

例えば、兄弟2人に自宅不動産を2分の1ずつ贈与した場合、一方が売却を希望しても他方が反対すれば売却できず、一方が居住を続ける場合に他方が不満を持つといった紛争が生じやすくなります。また、共有者の一方が亡くなった場合にはその持分がさらに相続されるため、共有者が増加し権利関係がより複雑化するリスクもあります。

【予防策】

  • 不動産は原則として単独所有となるよう、一人の受贈者に集中して贈与する
  • やむを得ず共有とする場合は、将来の売却・利用に関するルールを書面で合意しておく
  • 代償金の支払いにより、不動産を取得しない相続人への公平性を確保する

5. 他の相続人からの遺留分侵害額請求

生前贈与が特定の相続人に偏っていた場合、他の相続人の遺留分を侵害するリスクがあります。2019年7月1日施行の改正民法により、遺留分侵害額請求権は金銭債権として構成されることになり(民法1046条)、遺留分を侵害された相続人は、受贈者に対して金銭の支払いを請求できます。

遺留分算定の基礎となる財産には、相続開始前10年以内にされた相続人に対する特別受益としての贈与が含まれます(民法1044条3項)。ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは、10年より前の贈与であっても算入の対象となります(民法1044条1項後段)。相続人以外の第三者に対する贈与については、相続開始前1年以内のものが算入されます(民法1044条1項前段)。

遺留分侵害額請求を受けた受贈者は、原則として金銭で支払う必要がありますが、直ちに金銭を用意できない場合には、裁判所に対して支払期限の猶予を求めることができます(民法1047条5項)。しかし、多額の金銭の支払いが必要となれば、受贈者の経済的負担は非常に大きくなります。

【予防策】

  • 生前贈与を行う際に、他の相続人の遺留分を侵害しないよう全体の財産状況を把握する
  • 他の相続人にも一定の贈与を行い、バランスを図る
  • 遺言書を作成し、遺留分に配慮した遺産配分を明示しておく
  • 生命保険の活用により、遺留分侵害額請求に備えた資金を準備する

6. 贈与税の申告漏れと追徴課税

生前贈与に伴う贈与税の申告を適切に行わなかった場合、後日、税務調査によって申告漏れが発覚し、本税に加えて無申告加算税(原則15〜20%)や延滞税が課されるリスクがあります。特に不動産の贈与では、評価額の算定が複雑であるため、過少申告となるケースも少なくありません。

また、相続時精算課税制度を選択した場合、一度選択すると暦年課税に戻ることができないため(相続税法21条の9第6項)、制度選択の判断は慎重に行う必要があります。相続時精算課税制度の下では、贈与時に2,500万円までの特別控除が適用されますが、相続発生時にはその贈与財産が相続財産に加算されて相続税が計算されます。

【予防策】

  • 贈与税の申告期限(贈与を受けた年の翌年2月1日〜3月15日)を厳守する
  • 不動産贈与の場合は、税理士に依頼して適正な評価額を算定する
  • 暦年課税と相続時精算課税のメリット・デメリットを比較した上で制度を選択する

7. 生前贈与と相続のバランスを取るためのポイント

生前贈与を成功させるためには、相続全体を見据えた計画的なアプローチが必要です。以下のポイントを踏まえ、贈与と相続のバランスを適切に取ることが重要です。

  • 財産の全体像を把握する:贈与を行う前に、贈与者の全財産(不動産、預貯金、有価証券、保険等)を洗い出し、贈与後の財産状況をシミュレーションする
  • 相続人全員への配慮:特定の相続人にのみ贈与が偏らないよう、相続人間の公平性に配慮した計画を立てる
  • 遺言書の作成:生前贈与と遺言書を組み合わせることで、相続全体のバランスを調整する
  • 家族間のコミュニケーション:生前贈与の内容や趣旨を家族間で共有し、相続発生後のトラブルを未然に防ぐ
  • 専門家への相談:法律・税務の両面から、弁護士・税理士に相談した上で贈与計画を策定する

弁護士に相談するメリット

生前贈与後のトラブルは、法律・税務が複雑に絡み合う問題です。弁護士に相談することで、以下のようなメリットがあります。

  • トラブルの法的整理と解決方針の提示:忘恩行為による贈与の撤回、遺留分侵害額請求への対応など、法的根拠に基づいた解決方針を提示します。
  • 贈与契約書の作成と紛争予防:負担付贈与契約書の作成や、解除条項の設定など、将来のトラブルを未然に防ぐための法的文書を作成します。
  • 遺留分侵害額請求への対応:遺留分侵害額請求を受けた場合の交渉や調停・訴訟対応を行います。また、事前に遺留分侵害のリスクを分析し、トラブルの予防策を提案します。
  • 税務面との連携:名義預金のリスク評価や贈与税・相続税の問題について、税理士と連携したワンストップのサポートが可能です。
  • 相続全体を見据えた総合的なアドバイス:生前贈与だけでなく、遺言書の作成、家族信託、生命保険の活用など、相続全体の最適化をトータルでサポートします。

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、茨城県内4拠点(牛久本部・日立支所・水戸支所・守谷支所)及び東京支所で相続に関するご相談を承っております。生前贈与後のトラブルでお困りの方、これから生前贈与をお考えの方は、初回のご相談から解決まで一貫したサポートが可能ですので、お気軽にご相談ください。

まとめ

本稿では、生前贈与後に起こりやすいトラブル事例と、その解決策・予防策について解説しました。要点を整理すると以下のとおりです。

  • 受贈者の忘恩行為(面倒を見なくなる等)に対しては、負担付贈与契約の活用や段階的な贈与が有効な予防策となる
  • 名義預金として税務署に否認されないためには、贈与契約書の作成、受贈者による通帳管理、贈与税の申告など客観的な証拠を残すことが重要である
  • 贈与者自身の生活困窮を防ぐために、ライフプランの作成と段階的な贈与の実施が不可欠である
  • 不動産贈与は共有トラブルの原因となりやすいため、単独所有を基本とし、共有を避ける工夫が必要である
  • 遺留分侵害額請求のリスクを回避するために、財産全体のバランスを把握し、遺言書の作成や生命保険の活用を検討する
  • 贈与税の申告漏れによる追徴課税を防ぐため、適切な申告と制度選択を行う

生前贈与は相続税対策として有効な手段ですが、贈与後のトラブルを想定した準備を怠ると、かえって家族間の紛争や税務上の問題を引き起こすリスクがあります。「生前贈与を行ったが受贈者との関係が悪化している」「名義預金を指摘されるのではないか不安」「遺留分侵害額請求を受けて対応に困っている」など、生前贈与後のトラブルでお悩みの方は、弁護士法人長瀬総合法律事務所までお気軽にご相談ください。

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