はじめに
「相続した実家が空き家になっているが、管理も売却もできずに困っている」「空き家を放置していたら行政から通知が届いた」「いっそ相続放棄をすれば空き家の責任から解放されるのか」といったご相談が年々増加しています。
総務省の住宅・土地統計調査によれば、全国の空き家数は約900万戸に達し、空き家率は過去最高を更新し続けています。少子高齢化や都市部への人口集中を背景に、相続をきっかけとして空き家が発生するケースが急増しており、空き家問題は深刻な社会問題となっています。本稿では、空き家の現状と法的課題を整理した上で、所有者の管理責任、行政措置のリスク、そして売却・賃貸活用・解体・相続放棄・相続土地国庫帰属制度といった多様な解決策について、実務的な観点から解説します。
Q&A
Q1. 相続した空き家を放置するとどのようなリスクがありますか?
A. 空き家を放置すると、建物の老朽化による倒壊・火災のリスク、不法侵入や犯罪の温床となるリスクに加え、法的にも大きな不利益を受ける可能性があります。空家等対策の推進に関する特別措置法(空家特措法)により、「特定空家等」や「管理不全空家等」として勧告の対象になると、行政上の措置が進むことがあります。最終的に行政代執行による除却等がされ、その費用が所有者等に請求される場合もあります。また、勧告を受けると住宅用地特例の適用対象から外れ、土地にかかる固定資産税等の負担が重くなることがあります。小規模住宅用地では、固定資産税の課税標準が従前の6倍程度となる場合があります。
Q2. 空き家を相続放棄すれば管理責任から完全に解放されますか?
A. 必ずしもそうとは限りません。相続放棄をすれば空き家の所有権を承継することはありませんが、現行民法940条では、放棄の時にその財産を現に占有している者に限り、相続人又は相続財産清算人に引き渡すまでの間、その財産を保存する義務があるとされています。したがって、相続放棄後も一律に管理責任が残るわけではなく、占有の有無や相続財産清算人の選任状況を踏まえた検討が必要です。
Q3. 相続土地国庫帰属制度とはどのような制度ですか?
A. 令和5年(2023年)4月に開始された制度で、相続または遺贈により取得した土地の所有権を、法務大臣の承認を受けて国庫に帰属させることができる制度です。ただし、建物が存在する土地は対象外であるため、空き家が建っている場合は建物を解体してから申請する必要があります。また、土壌汚染や境界紛争がないことなどの要件を満たし、10年分の管理費相当額の負担金を納付する必要があります。
解説
1. 空き家問題の現状と社会問題化
日本全国の空き家数は増加の一途をたどっており、総務省の統計によれば約900万戸に達しています。空き家が発生する主な原因は、高齢者の施設入所や死亡による相続であり、特に地方部においては相続人が遠方に居住しているために管理が行き届かないケースが多く見られます。
空き家の放置は、単に個人の財産管理の問題にとどまりません。老朽化した建物の倒壊による近隣住民への被害、不審者の侵入や放火による防犯上の問題、景観の悪化や害虫・害獣の発生による衛生環境の低下など、周辺地域に深刻な悪影響を及ぼします。こうした状況を受け、国は平成27年(2015年)に空家特措法を施行し、令和5年(2023年)には改正法を施行して、空き家対策を強化しています。
2. 所有者の管理責任(民法・空家特措法)
空き家の所有者は、民法上の一般的な管理責任と、空家特措法に基づく特別の責任の両面から義務を負います。
(1)民法上の管理責任
民法717条は、土地の工作物(建物を含む)の設置または保存に瑕疵があり、他人に損害を生じた場合には、工作物の占有者または所有者が損害賠償責任を負うと定めています(工作物責任)。空き家の老朽化により屋根瓦が飛散して通行人を負傷させた場合や、外壁が崩落して隣家を損壊させた場合など、所有者は無過失責任として賠償義務を負います。所有者の責任は無過失責任であるため、「管理する余裕がなかった」「遠方に住んでいるので把握していなかった」といった事情は免責事由になりません。
(2)空家特措法に基づく管理責任
空家特措法は、空き家の所有者に対し適切な管理の努力義務を課しています(同法5条)。市町村は、空き家の実態調査を行い、所有者に対して適切な管理を促すための助言・指導を行う権限を有しています。所有者としては、定期的な巡回・清掃、庭木の手入れ、破損箇所の修繕といった基本的な管理を怠らないことが求められます。
3. 特定空家・管理不全空家の指定と行政代執行
空家特措法では、放置することが特に不適切な状態にある空き家を「特定空家等」として指定し、段階的な行政措置を講じることができると定めています。特定空家等とは、倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態、著しく衛生上有害となるおそれのある状態、適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態、その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態にある空家等をいいます。
令和5年の法改正により、新たに「管理不全空家等」の概念が導入されました。管理不全空家等とは、特定空家等には至らないものの、適切な管理が行われていないために放置すれば特定空家等に該当するおそれのある空家等をいいます。管理不全空家等に対しても、市町村は指導・勧告を行うことができ、勧告を受けると固定資産税の住宅用地特例が解除されます。
特定空家等に対する行政措置は、助言・指導、勧告、命令、行政代執行という段階で進みます。命令に従わない場合には50万円以下の過料が科される可能性があり、最終的には行政代執行として市町村が建物の解体を行い、その費用(数百万円に及ぶこともあります)を所有者に請求します。行政代執行の費用は、所有者が支払わない場合、国税徴収法の滞納処分の例により強制的に徴収されることがあります。
4. 固定資産税の住宅用地特例解除
住宅が建っている土地には、固定資産税の住宅用地特例が適用されており、200平方メートル以下の部分(小規模住宅用地)は課税標準額が6分の1に、200平方メートルを超える部分(一般住宅用地)は3分の1に軽減されています。この特例があるため、老朽化した空き家であっても建物を残しておいた方が税負担が軽くなるという事情が、空き家の放置を助長する一因となっていました。
しかし、特定空家等または管理不全空家等として勧告を受けた場合には、この住宅用地特例の適用対象から外れます。その結果、小規模住宅用地では固定資産税の課税標準が従前の6倍程度となり得ます。「建物を残しておけば常に税負担が軽い」とはいえず、管理状況によっては税務上の不利益も生じます。空き家の管理状況を定期的に確認し、早期に対策を講じることが重要です。
5. 空き家問題の解決策
空き家問題の解決策は、物件の状態、立地条件、所有者の意向、費用負担の可否等により異なります。主要な選択肢を以下に整理します。
(1)売却
空き家を売却することは、管理負担と費用負担を完全に解消できる最も効果的な方法です。相続した空き家を売却する場合、一定の要件を満たせば「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除」として、譲渡所得から最大3,000万円を控除できる税制上の特例があります。この特例の適用を受けるためには、相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却することなど、複数の要件を満たす必要があります。
(2)賃貸活用
建物の状態が比較的良好であれば、賃貸物件として活用することも選択肢の一つです。近年では、空き家をリノベーションしてシェアハウスやゲストハウス、地域のコミュニティスペースとして活用する事例も増えています。自治体の空き家バンクに登録することで、借り手とのマッチングを図ることもできます。ただし、賃貸活用には修繕費用やリフォーム費用の初期投資が必要であり、賃貸需要の有無を慎重に見極めることが重要です。
(3)解体
老朽化が進み、売却も賃貸活用も困難な場合には、建物を解体して更地にすることが現実的な選択肢となります。解体費用は建物の構造や規模により異なりますが、一般的な木造住宅で100万円から300万円程度が目安です。自治体によっては空き家の解体費用に対する補助金制度を設けている場合がありますので、事前に確認することをお勧めします。なお、更地にした場合には住宅用地特例が適用されなくなるため、固定資産税が増加する点に注意が必要ですが、特定空家等に指定されて特例が解除される場合と比較すれば、計画的に解体する方が結果的に負担が軽くなる場合もあります。
(4)相続放棄
空き家以外にめぼしい相続財産がなく、空き家の管理・処分が大きな負担となる場合には、相続放棄を検討することも一つの方法です。相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所に申述する必要があります(民法915条1項)。ただし、前述のとおり、相続放棄をしても直ちに管理義務から解放されるわけではなく、次の管理者が確定するまでの間は管理義務が継続します(民法940条)。また、相続放棄はすべての相続財産を放棄するものであり、空き家だけを選択的に放棄することはできません。プラスの遺産がある場合には、全体のバランスを考慮した判断が必要です。
(5)相続土地国庫帰属制度
令和5年(2023年)4月から施行された相続土地国庫帰属制度は、相続または遺贈によって土地の所有権を取得した者が、法務大臣の承認を受けて土地の所有権を国庫に帰属させることができる制度です。不要な土地を国に引き取ってもらうことで、管理負担から解放されるというメリットがあります。ただし、建物が存在する土地は申請の対象外であるため、空き家が建っている場合には事前に建物を解体する必要があります。また、土壌汚染がないこと、境界が明らかであること、担保権や使用収益権が設定されていないこと、通路として他人に使用されていないこと等の要件を満たす必要があり、審査手数料に加えて10年分の土地管理費相当額の負担金を納付しなければなりません。負担金は原則として20万円ですが、市街地の宅地等では面積に応じて算出されます。
6. 相続前の対策
空き家問題は、相続が発生してからでは選択肢が限られてしまうことが多く、生前からの対策が極めて重要です。以下のポイントを意識して準備を進めることをお勧めします。
- 不動産の棚卸し:被相続人が所有するすべての不動産について、所在地、現在の利用状況、建物の状態、固定資産税額などを整理し、家族間で情報を共有しておくことが重要です。
- 生前売却の検討:将来的に空き家になることが見込まれる不動産については、被相続人が元気なうちに売却を検討することが最善の対策です。居住用財産の3,000万円特別控除は、被相続人本人が売却する場合にも適用できます。
- 遺言書の作成:不動産の相続について遺言書で明確に定めておくことで、相続発生後の遺産分割協議の紛争を防ぎ、空き家の管理者・処分権者を早期に確定させることができます。
- 家族信託の活用:被相続人の判断能力が低下した場合に備え、家族信託を設定して信頼できる家族に不動産の管理・処分権限を委託しておくことも有効な方法です。
- 相続登記の義務化への対応:令和6年(2024年)4月から相続登記が義務化されました。正当な理由なく相続登記を怠ると10万円以下の過料が科される可能性があります。相続登記を速やかに行うことで、不動産の管理者・処分権者が明確になり、空き家問題の早期解決につながります。
弁護士に相談するメリット
空き家問題は、不動産法、相続法、税法、行政法など多岐にわたる法分野が関係する複合的な問題です。弁護士に相談することには以下のようなメリットがあります。
- 最適な解決策の提案:空き家の状態、立地条件、相続関係、費用負担の可否等を総合的に分析し、売却・賃貸活用・解体・相続放棄・国庫帰属制度の中から最適な方法をアドバイスします。
- 行政対応の支援:特定空家等や管理不全空家等の指定を受けた場合の行政との交渉、意見陳述の支援、不服申立ての手続き等を代理します。
- 相続手続きの代行:相続放棄の申述、相続財産清算人の選任申立て、遺産分割協議の交渉・調停等、相続に関する法的手続きを包括的にサポートします。
- 税務上の特例活用:空き家の3,000万円特別控除や小規模宅地等の特例など、税務面での最適な対策を税理士と連携して提案します。
- 近隣トラブルへの対応:空き家に起因する近隣住民とのトラブル(倒壊の危険、越境する樹木、害虫被害等)について、法的な観点から解決を図ります。
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、茨城県内4拠点(牛久本部・日立支所・水戸支所・守谷支所)及び東京支所(千代田区)で相続に関するご相談を承っております。空き家問題と相続に関するお悩みについて、初回のご相談から解決までサポートが可能です。
まとめ
本稿では、空き家問題と相続に関する法的課題と解決策について解説しました。要点を整理すると以下のとおりです。
- 空き家の所有者は、民法上の工作物責任(無過失責任)と空家特措法上の管理責任を負う
- 特定空家等・管理不全空家等として勧告を受けると、住宅用地特例の適用対象から外れ、土地にかかる固定資産税等の負担が重くなる
- 解決策として売却、賃貸活用、解体、相続放棄、相続土地国庫帰属制度など多様な選択肢がある
- 相続放棄をしても、次の管理者が確定するまで管理義務が継続する点に注意が必要
- 相続前の対策(生前売却、遺言書作成、家族信託、相続登記の義務化対応)が空き家問題の予防に効果的
空き家問題は放置すればするほど選択肢が狭まり、費用負担も増大します。「相続した空き家の処分に困っている」「行政から空き家について通知が届いた」「相続前に不動産の対策を検討したい」など、空き家と相続に関するお悩みがございましたら、弁護士法人長瀬総合法律事務所までお気軽にご相談ください。
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