はじめに
「遺留分侵害額請求をしたいが、遺産の大部分が不動産であり、どのように評価して金銭請求をすればよいか分からない」「不動産を相続したが、他の相続人から遺留分侵害額請求を受け、どのように支払えばよいか悩んでいる」といったご相談は、相続の実務において非常に多く寄せられます。
2019年7月1日に施行された改正民法により、遺留分制度は大きく変更され、遺留分侵害額請求権は金銭債権として構成されることになりました。これにより、不動産の共有状態が当然に生じることはなくなりましたが、不動産の評価方法や金銭の支払い方法について新たな実務上の課題が生じています。本稿では、不動産が遺留分請求の対象となった場合の評価方法、評価時点、金銭による支払い方法、期限の許与制度、そして実務上の対応について解説します。
Q&A
Q1. 遺留分侵害額請求において、不動産はどのように評価されますか?
A. 遺留分侵害額請求における不動産の評価は、原則として相続開始時(被相続人の死亡時)の時価によって行われます。具体的な評価方法としては、固定資産税評価額、路線価、公示地価、不動産鑑定評価額などがありますが、当事者間で合意できない場合には、不動産鑑定士による鑑定評価が信頼性の高い方法とされています。
Q2. 不動産しか遺産がない場合、遺留分侵害額はどのように支払うのですか?
A. 2019年の民法改正後、遺留分侵害額請求は金銭債権となりましたので、原則として金銭で支払う必要があります。直ちに金銭を用意できない場合には、裁判所に対して支払期限の許与(猶予)を求めることができます(民法1047条5項)。また、不動産を売却して換価した金銭で支払う方法や、当事者間の合意による代物弁済として不動産自体を引き渡す方法も実務上は行われています。
Q3. 不動産の評価額について相手方と意見が合わない場合、どうすればよいですか?
A. 当事者間で不動産の評価額について合意できない場合は、調停や訴訟の手続きにおいて、裁判所が選任する不動産鑑定士による鑑定評価を求めることが一般的です。鑑定費用は申立人が予納しますが、最終的な費用負担は裁判所の判断により決定されます。交渉段階であっても、双方がそれぞれ不動産鑑定を取得し、その結果をもとに協議することが有効な場合があります。
解説
1. 不動産の評価方法
遺留分侵害額請求における不動産の評価は、遺留分の算定基礎となる遺産の価額を確定するために不可欠な作業です。不動産の評価方法には複数の指標があり、それぞれに特徴と用途があります。以下に主な評価方法を整理します。
(1)固定資産税評価額
固定資産税評価額は、市区町村が固定資産税を課税するために算定する不動産の評価額です。一般に公示地価の約70%程度の水準とされています。固定資産税評価額は毎年送付される納税通知書や固定資産評価証明書で容易に確認できるため、簡易的な評価指標として活用されることがあります。ただし、実際の時価(市場価格)とは乖離があるため、遺留分の算定においてそのまま用いることには注意が必要です。
(2)路線価(相続税路線価)
路線価は、国税庁が相続税・贈与税の算定基礎として毎年公表する土地の価格です。公示地価の約80%程度の水準に設定されています。路線価は相続税の申告において用いられる評価方法であり、遺留分の算定においても一つの参考指標となります。ただし、路線価は全ての土地に設定されているわけではなく、路線価が設定されていない地域では倍率方式(固定資産税評価額に一定の倍率を乗じる方式)が用いられます。
(3)公示地価・基準地価
公示地価は、国土交通省が毎年1月1日時点の標準地の価格を公表するものであり、基準地価は都道府県が毎年7月1日時点の基準地の価格を公表するものです。いずれも一般の土地取引価格の指標とされており、時価に最も近い公的指標といえます。ただし、評価対象の不動産と標準地・基準地の所在が一致するとは限らないため、個別の不動産評価に直接適用するには調整が必要です。
(4)不動産鑑定評価
不動産鑑定評価は、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に基づいて行う専門的な評価です。対象不動産の個別的要因(立地条件、形状、接道状況、利用状況等)を詳細に分析し、原価法、取引事例比較法、収益還元法等の手法を用いて適正な時価を算定します。遺留分侵害額請求において当事者間で評価額に争いがある場合、不動産鑑定評価が最も客観的かつ信頼性の高い評価方法として、裁判所においても重視されます。鑑定費用は数十万円程度を要しますが、高額な不動産が問題となるケースでは、正確な評価を行うために必要な投資といえます。
2. 評価の基準時点
遺留分侵害額の算定における不動産の評価時点は、相続開始時(被相続人の死亡時)とするのが判例・通説です(最高裁平成8年11月26日判決参照)。遺留分の算定基礎となる遺産の価額は相続開始時を基準として確定し、その後の不動産の価格変動は考慮されません。
この点は実務上重要な意味を持ちます。例えば、相続開始後に不動産価格が大幅に上昇した場合であっても、遺留分侵害額の算定は相続開始時の価額で行われます。逆に、相続開始後に不動産価格が下落した場合にも、やはり相続開始時の価額が基準となります。したがって、相続開始時点の正確な評価を行うことが、適正な遺留分侵害額の算定にとって極めて重要です。
3. 遺留分侵害額の算定方法
遺留分侵害額は、以下の計算式により算定されます。遺留分侵害額=遺留分額−(遺留分権利者が相続により取得した財産の額)+(遺留分権利者が承継する相続債務の額)。ここで遺留分額は、遺留分の算定基礎となる財産額(相続開始時の遺産の価額+生前贈与の価額−相続債務の全額)に遺留分割合(直系尊属のみが相続人の場合は3分の1、それ以外は2分の1)と法定相続分を乗じて算出します。
例えば、被相続人の遺産が不動産(評価額5,000万円)のみで、相続人が長男と次男の2名、遺言により長男が不動産の全部を取得する旨定められていた場合を考えます。次男の遺留分は、5,000万円×1/2(遺留分割合)×1/2(法定相続分)=1,250万円となり、次男は長男に対して1,250万円の遺留分侵害額請求を行うことができます。
4. 金銭による支払い(2019年改正後の原則)
2019年7月1日施行の改正民法により、遺留分侵害額請求権は金銭債権として明確に位置づけられました(民法1046条1項)。改正前の旧法では、遺留分減殺請求の結果、遺贈や贈与の目的物について共有状態が生じることがあり、特に不動産の共有は当事者間の紛争を長期化・複雑化させる要因となっていました。
改正後は、遺留分権利者は受遺者・受贈者に対して金銭の支払いを請求できるにとどまり、不動産の共有持分を当然に取得することはなくなりました。このため、不動産を取得した受遺者・受贈者は、遺留分侵害額に相当する金銭を用意して支払う必要があります。不動産という換金性の低い資産のみを取得した場合、金銭の支払いが実務上大きな課題となります。
5. 期限の許与(支払猶予の制度)
改正民法は、遺留分侵害額の支払いについて直ちに金銭を用意できない場合に備え、期限の許与の制度を設けています(民法1047条5項)。受遺者又は受贈者の請求により、裁判所は、遺留分侵害額の全部又は一部の支払いについて相当の期限を許与することができます。
期限の許与が認められるかどうかは、裁判所が諸般の事情を考慮して判断します。具体的には、受遺者・受贈者の資力・収入状況、不動産の換価可能性と見込み期間、他の資産の有無、遺留分権利者の生活状況や金銭の必要性の程度などが考慮要素となります。期限の許与は、不動産の売却や金融機関からの借入れによる資金調達に必要な合理的期間を与えるための制度です。
6. 不動産の換価による支払い
遺留分侵害額を支払うための現金が不足している場合、受遺者・受贈者が不動産を売却して得た代金から支払う方法が実務上よく用いられます。不動産の売却には一定の時間を要するため、前述の期限の許与を申し立てた上で、売却手続きを進めることが一般的です。
不動産を売却する場合には、売却価格が遺留分算定における評価額と異なる場合がある点に注意が必要です。遺留分侵害額の算定は相続開始時の評価額に基づいて行われますが、実際の売却価格は市場の状況や売却時期によって変動します。また、不動産の売却には仲介手数料、登記費用、譲渡所得税等の諸費用がかかるため、手取り額は売却価格をさらに下回ります。これらの点を考慮した上で、売却計画を立てることが重要です。
7. 代物弁済による解決
代物弁済とは、本来の給付(金銭の支払い)に代えて、他の給付(不動産の引渡し等)を行うことにより債務を消滅させる方法です(民法482条)。遺留分侵害額請求は金銭債権ですが、当事者双方の合意があれば、金銭の支払いに代えて不動産の全部又は一部(共有持分を含む)を遺留分権利者に移転することで解決することも可能です。
代物弁済を行う場合には、不動産の評価額と遺留分侵害額との調整が必要です。不動産の評価額が遺留分侵害額を上回る場合には、差額の清算が問題となります。また、代物弁済による不動産の移転には、所有権移転登記の手続きが必要であり、登録免許税や不動産取得税等の税務上の負担が生じます。さらに、代物弁済は譲渡所得税の課税対象となる場合があるため、税務面の検討も不可欠です。
8. 実務上の対応とポイント
不動産が遺留分請求の対象となった場合、実務上は以下の点に留意して対応を進めることが重要です。
- 早期の不動産評価:遺留分侵害額の算定に不可欠な不動産の評価を早期に行い、請求額の見通しを立てることが重要です。固定資産税評価額や路線価を手がかりとしつつ、争いが見込まれる場合には不動産鑑定の取得を検討しましょう。
- 資金計画の策定:不動産を取得した側は、遺留分侵害額の支払いに必要な資金をどのように調達するかを早期に検討する必要があります。預貯金や金融機関からの借入れ、不動産の売却等の選択肢を比較検討し、最適な方法を選択しましょう。
- 交渉による解決の模索:遺留分侵害額請求は、必ずしも訴訟によらなくても、当事者間の交渉や調停によって解決することが可能です。評価額や支払い方法・支払い時期について柔軟に協議し、双方が納得できる解決を目指すことが望ましいといえます。
- 税務面の考慮:不動産の売却や代物弁済を行う場合には、譲渡所得税、不動産取得税、登録免許税等の税負担が生じます。税理士とも連携し、税務上最も有利な方法を選択することが実務上重要です。
弁護士に相談するメリット
不動産が遺留分請求の対象となる場合、不動産の評価、金銭の支払い方法、税務上の取り扱いなど、複合的な法律問題が生じます。弁護士に相談することには以下のようなメリットがあります。
- 適正な不動産評価の実現:不動産鑑定士と連携し、対象不動産の適正な評価を行うとともに、相手方の主張する評価額の妥当性を検証します。
- 遺留分侵害額の正確な算定:生前贈与の有無や特別受益の主張を含め、遺留分侵害額を法的に正確に算定し、請求又は防御の方針を策定します。
- 支払い方法の最適化:金銭による支払い、期限の許与の申立て、不動産の換価、代物弁済など、依頼者の状況に応じた最適な支払い方法を提案します。
- 交渉・調停・訴訟の代理:相手方との交渉、家庭裁判所での調停、訴訟手続きについて、代理人として一貫したサポートを提供します。
- 税務・登記との連携:税理士・司法書士と連携し、不動産の売却や移転に伴う税務・登記手続きについても総合的にサポートします。
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、茨城県内4拠点(牛久本部・日立支所・水戸支所・守谷支所)で相続に関するご相談を承っております。不動産の遺留分請求に関するお悩みについて、初回のご相談から解決まで一貫したサポートが可能です。
まとめ
本稿では、不動産が遺留分請求の対象となった場合の評価と支払い方法について解説しました。要点を整理すると以下のとおりです。
- 不動産の評価方法には固定資産税評価額、路線価、公示地価、不動産鑑定評価があり、争いがある場合は不動産鑑定が最も信頼される
- 評価の基準時点は相続開始時(被相続人の死亡時)であり、その後の価格変動は考慮されない
- 2019年改正後、遺留分侵害額請求は金銭債権となり、不動産の共有は当然には生じない
- 直ちに金銭を用意できない場合は、裁判所に期限の許与を申し立てることができる
- 不動産の換価による支払いや代物弁済も実務上の選択肢であるが、税務面の検討が不可欠である
不動産が遺留分請求の対象となるケースでは、不動産の適正な評価と支払い方法の選択が解決の鍵となります。「遺留分侵害額請求を受けたが不動産しか遺産がない」「相続した不動産の評価額に納得がいかない」など、不動産と遺留分に関するお悩みがございましたら、弁護士法人長瀬総合法律事務所までお気軽にご相談ください。
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