Author Archive
令和3年改正「民法のルールの見直し④ 相隣関係の見直し」(令和5年4月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
民法のルールの見直し
所有者不明土地については、調査を尽くしても土地の所有者が特定できず、又は所在が不明な場合には、土地の円滑な利用や管理が困難です。
また、所有者不明土地問題を契機に、現行民法の規律が現代の社会経済情勢にそぐわないことが顕在化してきました。
そこで、民法のルールについて、以下のような見直しがなされました。
4 相隣関係の見直し
隣地の所有者やその所在を調査しても分からない場合には、隣地の所有者から隣地の利用や枝の切取り等に必要となる同意を得ることができないため、土地の円滑な利活用が困難となります。
そこで、隣地を円滑・適正に使用することができるようにする観点から、相 隣関係に関するルールの様々な見直しが行われました。
(1)隣地使用権
境界調査や越境してきている竹木の枝の切取り等のために隣地を一時的に使用することができることが明らかにされるとともに、隣地の所有者やその所在を調査しても分からない場合にも隣地を使用することができる仕組みが設けられました。
現行法での問題点
現行法では、「土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。」(現民法209条1項本文)と規定されています。
もっとも、「隣地の使用を請求することができる」の具体的意味が判然としないため、隣地所有者が所在不明である場合等には対応が困難となっていました。
また、障壁・建物の築造・修繕以外の目的で隣地を使用することができるかどうかが不明確であるため、土地の利用・処分を阻害していました。
改正法
隣地使用権の内容に関する規律の整備
● 土地の所有者は、所定の目的のために必要な範囲内で、隣地を使用する権利を有する旨を明確化(新民法209条1項)
- 隣地を使用できる権利がある場合も、一般的に、自力執行は禁止されているので、例えば、使用を拒まれた場合には、妨害禁止の判決を求めることになります。
- 他方で、事案ごとの判断にはなりますが、例えば、隣地が空き地となっていて実際に使用している者がおらず、隣地の使用を妨害しようとする者もいないケースでは、土地の所有者は裁判を経なくとも適法に隣地を使用できると考えられます。
● 隣地所有者・隣地使用者(賃借人等)の利益への配慮
- 隣地使用の日時・場所・方法は、隣地所有者及び隣地使用者のために損害が最も少ないものを選ばなければなりません(新民法209条2項)。
- 隣地使用に際しての通知に関するルールが以下のとおり整備されました(新民法209条3項)。
<隣地所有者及び隣地使用者への通知>
【原則】
隣地使用に際しては、あらかじめ(※)、その目的、日時、場所及び方法を隣地所有者に(隣地所有者とは別に隣地使用者がいるときは隣地使用者にも)通知しなければならない。
※ 隣地使用の目的・日時・場所・方法に鑑み、通知の相手方が準備をするに足りる合理的な期間を置く必要がある(事案によるが、緊急性がない場合は通常は2週間程度)。
【例外】
あらかじめ通知することが困難なときは、隣地の使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる。
(例)
・急迫の事情がある場合(建物の外壁が剥落する危険があるときなど)
・隣地所有者が不特定又は所在不明である場合(現地や不動産登記簿・住民票等の公的記録を調査しても所在が判明しないとき)
⇒ 隣地所有者が不特定又は所在不明である場合は、隣地所有者が特定され、その所在が判明した後に遅滞なく通知することで足り、公示による意思表示(民法98条)により通知する必要はない。
隣地使用が認められる目的を拡充・明確化
- ① 障壁、建物その他の工作物の築造、収去、修繕
- ② 境界標の調査・境界に関する測量
- ③ 新民法233条3項による越境した枝の切取り(新民法209条1項)
(2)ライフラインの設備の設置・使用権
ライフラインを自己の土地に引き込むために、導管等の設備を他人の土地に設置する権利や、他人の所有する設備を使用する権利があることが明らかにされるとともに、設置・使用のためのルール(事前の通知や費用負担などに関するルール)も整備されました。
現行法での問題点

他人の土地や設備(導管等)を使用しなければ各種ライフラインを引き込むことができない土地の所有者は、解釈上、現行法の相隣関係規定等の類推適用により、他人の土地への設備の設置や他人の設備の使用をすることができると解されてきました。
もっとも、明文の規定がないため、設備の設置・使用に応じてもらえないときや、所有者が所在不明であるときなどには、対応が困難でした。
また、権利を行使する際の事前の通知の要否などのルールや土地・設備の使用に伴う償金の支払義務の有無などのルールが不明確で、不当な承諾料を求められるケースもありました。
改正法
ライフラインの設備の設置・使用権に関する規律の整備
設備設置権(他の土地にライフラインの設備を設置する権利)の明確化
他の土地に設備を設置しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を受けることができない土地の所有者は、必要な範囲内で、他の土地に設備を設置する権利を有することが明文化されました(新民法213条の2第1項)。
※ 「その他これらに類する継続的給付」には、電話・インターネット等の電気通信が含まれます。
※ 隣接していない土地についても、必要な範囲内で設備を設置することが可能です(例:上図の「Z土地」での給水管の設置)。
※ 土地の分割・一部譲渡によって継続的給付を受けることができなくなった場合は、分割者又は譲渡者の所有地のみに設備を設置することが可能です(新民法213条の3)。
設備使用権(他人が所有するライフラインの設備を使用する権利)の明確化
他人が所有する設備を使用しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を引き込むことができない土地の所有者は、必要な範囲内で、他人の所有する設備を使用する権利を有することが明文化されました(新民法213条の2第1項)。
場所・方法の限定
設備の設置・使用の場所・方法は、他の土地及び他人の設備のために損害が最も少ないものに限定されます(新民法213条の2第2項)。
※ 設備設置等の方法が複数ある場合(例:上図の「Y・Z土地」にも接続可能な給水管が既に設置されている場合)も、最も損害が少ない方法を選択することとなります。
※ 設備を設置する場合には、公道に通ずる私道や公道に至るための通行権(民法210条)の対象部分があれば、通常はその部分を選択します。
○ 設備設置・使用権がある場合も、一般的に、自力執行は禁止されているため、例えば、設備設置・使用を拒まれた場合には、妨害禁止の判決を求めることになります。
○ 他方で、事案ごとの判断にはなりますが、例えば、他の土地が空き地になっており、実際に使用している者がおらず、かつ、設備の設置等が妨害されるおそれもない場合には、裁判を経なくても適法に設備の設置等を行うことができると考えられます。
○ 設備の設置工事等のために一時的に他の土地を使用する場合には、隣地使用権の規律が準用されます(新民法213条の2第4項・5項)。
事前通知の規律の整備
他の土地に設備を設置し又は他人の設備を使用する土地の所有者は、あらかじめ(A)、その目的、場所及び方法を他の土地・設備の所有者(B)に通知(C)しなければなりません(新民法213条の2第3項)。
A)通知の相手方が、その目的・場所・方法に鑑みて設備設置使用権の行使に対する準備をするに足りる合理的な期間を置く必要があります(事案によりますが、2週間〜1か月程度)。
B)他の土地に設備を設置する場合に、他の土地に所有者とは別の使用者(賃借人等)がいるときは使用者にも通知する必要があります(新民法213条の2第3項)。
他人の設備に所有者とは別の使用者がいたとしても、法律上は通知を求められていませんが、使用者への影響も考慮し、事実上通知することが望ましいとされています。
C)通知の相手方が不特定又は所在不明である場合にも、例外なく通知が必要です(簡易裁判所の公示による意思表示(民法98条)を活用)。
※ 設備の設置工事等のために一時的に他の土地を使用する場合には、当該使用についても併せて通知します(新民法213条の2第4項、209条3項)。
償金・費用負担の規律の整備
他の土地への設備設置権
土地の所有者は、他の土地に設備を設置する際に次の損害が生じた場合には、償金を支払う必要があります。
① 設備設置工事のために一時的に他の土地を使用する際に、当該土地の所有者・使用者に生じた損害(新民法213条の2第4項、209条4項)
⇒ 償金は一括払い
(例)他の土地上の工作物や竹木を除去したために生じた損害
② 設備の設置により土地が継続的に使用することができなくなることによって他の土地に生じた損害(新民法213条の2第5項)
⇒ 償金は1年ごとの定期払が可能
(例)給水管等の設備が地上に設置され、その場所の使用が継続的に制限されることに伴う損害
※ 償金の支払を要する「損害」は、①については実損害であり、②については設備設置部分の使用料相当額です。事案ごとの判断にはなりますが、導管などの設備を地下に設置し、地上の利用自体は制限しないケースでは、損害が認められないことがあると考えられます。他の土地の所有者等から設備の設置を承諾することに対するいわゆる承諾料を求められても、応ずる義務はありません。
※ 土地の分割又は一部譲渡に伴い、分割者又は譲渡者の所有地のみに設備の設置をしなければならない場合には、②の償金を支払うことを要しません(新民法213条の3第1項後段・2項)。
他人が所有する設備の使用権
① 土地の所有者は、その設備の使用開始の際に損害が生じた場合に、償金を支払う必要があります。
⇒ 償金は一括払い(新民法213条の2第6項)
(例)設備の接続工事の際に一時的に設備を使用停止したことに伴って生じた損害
② 土地の所有者は、その利益を受ける割合に応じて、設備の修繕・維持等の費用を負担します(新民法213条の2第7項)。
(3)越境した竹木の枝の切取り
催促しても越境した枝が切除されない場合や、竹木の所有者やその所在を 調査しても分からない場合等には、越境された土地の所有者が自らその枝を切り取ることができる仕組みが整備されました。
現行法での問題点
現行法では、土地の所有者は、隣地の竹木の根が境界線を越えるときは自らその根を切り取ることができますが、枝が境界線を越えるときはその竹木の所有者に枝を切除させる必要があります(現民法233条)。
竹木の所有者が枝を切除しない場合には、訴えを提起し、切除を命ずる判決を得て、強制執行の手続をとるほかありませんが、竹木の枝が越境する都度、常に訴えを提起しなければならないとするのでは、救済を受けるための手続が過重になります。
また、竹木が共有されている場合に、竹木の共有者が越境した枝を切除しようとしても、基本的には、変更行為として共有者全員の同意が必要と考えられており、竹木の円滑な管理を阻害します。
改正法
土地所有者による枝の切取り
越境された土地の所有者は、竹木の所有者に枝を切除させる必要があるという原則を維持しつつ、 次のいずれかの場合には、枝を自ら切り取ることができます(新民法233条3項)。
① 竹木の所有者に越境した枝を切除するよう催告したが、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき
② 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき
③ 急迫の事情があるとき
※ 道路を所有する国や地方公共団体も、隣接地の竹木が道路に越境してきたときは、新たな規律によって枝を切り取ることが可能です。
※ ①の場合に共有物である竹木の枝を切り取るに当たっては、基本的に、竹木の共有者全員に枝を切除するよう催告する必要があります。もっとも、一部の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときには、その者との関係では②の場合に該当しますので、催告は不要となります。
※ ①の「相当の期間」とは、枝を切除するために必要な時間的猶予を与える趣旨であり、事案によりますが、基本的には2週間程度と考えられます。
※ 越境された土地所有者が自ら枝を切り取る場合の費用については、枝が越境して土地所有権を侵害していることや、土地所有者が枝を切り取ることにより竹木の所有者が本来負っている枝の切除義務を免れることを踏まえ、基本的には、不当利得または不法行為として、竹木の所有者に請求できるものと考えられます(民法703条・709条)。
竹木の共有者各自による枝の切除
竹木が共有物である場合には、各共有者が越境している枝を切り取ることができます(新民法233条2項)。
したがって、竹木の共有者の一人から承諾を得れば、越境された土地の所有者などの他人がその共有者に代わって枝を切り取ることができます。
また、越境された土地の所有者は、竹木の共有者の一人に対しその枝の切除を求めることができ、その切除を命ずる判決を得れば、代替執行(民事執行法171条1項・4項)が可能となります。
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
令和3年改正「民法のルールの見直し③ 相続制度(遺産分割)の見直し」(令和5年4月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
民法のルールの見直し
所有者不明土地については、調査を尽くしても土地の所有者が特定できず、又は所在が不明な場合には、土地の円滑な利用や管理が困難です。
また、所有者不明土地問題を契機に、現行民法の規律が現代の社会経済情勢にそぐわないことが顕在化してきました。
そこで、民法のルールについて、以下のような見直しがなされました。
3 相続制度(遺産分割)の見直し
(1)遺産分割に関する見直し(遺産共有関係の解消の必要性)
相続が開始して、相続人が複数いると、遺産(相続財産)に属する土地や建物、動産、預金などの財産は、原則として相続人による共有(遺産共有)となります(現民法898条)。
もっとも、遺産共有関係にあると、各相続人の持分権が互いに制約し合う関係に立ち、遺産の管理に支障を来す事態が生じます。また、遺産分割がされないまま相続が繰り返されて多数の相続人による遺産共有関係となると、遺産の管理・処分が困難になります。このような状態の下で相続人の一部が所在不明になり、所有者不明土地が生ずることも少なくありません。
遺産共有関係は、本来、遺産分割により速やかに解消されるべき暫定的なものです。遺産分割による遺産共有関係の解消は、所有者不明土地の発生予防の観点からも重要です。
そこで、改正法では、
- 具体的相続分による遺産分割に時的限界を設けることによる遺産共有関係の解消の促進・円滑化(新民法904条の3)
- 相続開始後長期間が経過し、通常共有持分と遺産共有持分が併存する場合の分割方法の合理化(新民法258条の2)
- 相続開始後長期間が経過し、相続人の所在等が不明な場合の不動産の遺産共有持分の取得方法等の合理化(新民法262条の2、262条の3)
がなされました。以下では、各制度を詳しく説明します。
【用語の説明等】
遺産分割
遺産共有の解消方法(民法906以下)
・遺産分割協議(合意)又は家庭裁判所の遺産分割審判・調停による。
・遺産分割の基準は、法定相続分又は指定相続分ではなく、具体的相続分の割合による。
法定相続分
民法であらかじめ定められている画一的な割合
指定相続分
遺言により被相続人等が指定した割合
具体的相続分
法定相続分・指定相続分を事案ごとに下記の方法で修正して算出する割合
(個々の相続人の具体的相続分)
=(①みなし相続財産の価額(相続財産の価額+特別受益の総額-寄与分の総額)×②法定相続分又は指定相続分)-③個々の相続人の特別受益(生前贈与等)の価額+④個々の相続人の寄与分の価額
(具体的相続分の割合(具体的相続分率))
= 各相続人の具体的相続分の価額の総額を分母とし、各相続人の具体的相続分の価額を分子とする割合
(2)具体的相続分による遺産分割の時的限界
現行法の問題点
現行法では、具体的相続分の割合による遺産分割を求めることについての時的制限がなく、長期間放置をしていても具体的相続分の割合による遺産分割を希望する相続人に不利益が生じません。そのため、相続人が早期に遺産分割の請求をすることについてインセンティブが働きにくくなっていました。
また、相続開始後遺産分割がないまま長期間が経過すると、生前贈与や寄与分に関する書証等が散逸し、関係者の記憶も薄れてしまいます。そうすると、具体的相続分の算定が困難になり、遺産分割の支障となるおそれがあります。
改正法
制度の概要
【原則】
相続開始(被相続人の死亡)時から10年を経過した後にする遺産分割は、具体的相続分ではなく、法定相続分(又は指定相続分)によることとなります(新民法904条の3)。
<10年経過後の法律関係>
○ 分割方法は遺産分割
10年経過により分割基準は法定相続分等となるが、分割方法は基本的に遺産分割であって、共有物分割ではない。
【分割基準以外の遺産分割の特徴】
・裁判手続は家庭裁判所の管轄
・遺産全体の一括分割が可能
・遺産の種類・性質、各相続人の状況等の一切の事情を考慮して分配(民法906条)
・配偶者居住権の設定も可能
○ 具体的相続分による遺産分割の合意は可能
10年が経過し、法定相続分等による分割を求めることができるにもかかわらず、相続人全員が具体的相続分による遺産分割をすることに合意したケースでは、具体的相続分による遺産分割が可能
【例外】(引き続き具体的相続分により分割)
① 10年経過前に、相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたとき
② 10年の期間満了前6か月以内に、遺産分割請求をすることができないやむを得ない事由(※)が相続人にあった場合において、当該事由消滅時から6か月経過前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたとき
※ 被相続人が遭難して死亡していたが、その事実が確認できず、遺産分割請求をすることができなかったなど。
このように、具体的相続分による遺産分割の時的制限を設けることにより、具体的相続分による分割を求める相続人に早期の遺産分割請求を促す効果を期待できます。
また、具体的相続分による分割の利益を消滅させ、画一的な割合である法定相続分を基準として円滑に分割を行うことが可能になりました。
経過措置
改正法の施行日(令和5年4月1日)前に被相続人が死亡した場合の遺産分割についても、新法のルールが適用されます(附則3条)。ただし、経過措置により、少なくとも施行時から5年の猶予期間が設けられます。
このように、改正法の施行日前に開始した相続についても適用されるので、早めの遺産分割が肝心です。
【相続開始時から10年を経過していても具体的相続分により分割する場合】
① 相続開始時から10年経過時又は改正法施行時から5年経過時のいずれか遅い時までに、相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたとき
② 相続開始時からの10年の期間(相続開始時からの10年の期間の満了後に改正法施行時からの5年の期間が満了する場合には、改正法施行時からの5年の期間)満了前6か月以内に、遺産分割請求をすることができないやむを得ない事由が相続人にあった場合に、当該事由消滅時から6か月経過前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたとき
(3)遺産共有と通常共有が併存している場合の特則
現行法の問題点
(設例)土地共有者A・BのうちBが死亡し、CとDが相続をしたケース
→ 通常共有持分(A)と遺産共有持分(C・D)が併存
| A 通常共有 | C 遺産共有 | D 遺産共有 |
現行法では、遺産共有と通常共有が併存する共有関係を裁判で解消するには、通常共有持分と遺産共有持分との間の解消は共有物分割手続で、遺産共有持分間の解消は遺産分割手続で、別個に実施しなければならず、一元的処理を可能とする必要がありました。他方で、遺産分割には固有の利点(具体的相続分の割合による分割の利益、遺産全体の一括分割が可能など)があるため、相続人に遺産分割をする機会を保障する必要があります。
そこで、遺産分割の機会が確保され、かつ、具体的相続分を考慮する必要がない状態であれば、共有物分割手続による一元的処理も可能と考えられます。
改正法
遺産共有と通常共有が併存する場合において、相続開始時から10年を経過したときは、遺産共有関係の解消も地方裁判所等の共有物分割訴訟において実施することが可能となりました(不動産に限らず、共有物一般が対象です) (新民法258条の2第2項、3項)。
上記設例で、Cが土地の全部を取得するための手続は、共有物分割の判決により、Cが単独所有権を取得し、A・Dが代償金を取得することとなります。
※ 共有物分割をする際の遺産共有持分の解消は、具体的相続分ではなく法定相続分又は指定相続分が基準です(新民法898条2項)。ただし、被告である相続人が遺産共有の解消を共有物分割において実施することに異議申出をしたときは、することができません。
※ 異議申出は、①遺産分割請求がされていることを前提に、②相続人が共有物分割訴訟の請求があったとの通知(=訴状の送達)を受けた日から2か月以内にする必要があります。
※ 10年経過前や異議申出があったケースでは、現行法と同じく、別個に手続をとる必要があります。
(4)不明相続人の不動産の持分取得・譲渡
現行法の問題点
相続により不動産が遺産共有状態となったものの、相続人の中に所在等が不明な者がいるケースでも、所在等不明相続人との不動産の共有関係を解消するため、その持分の取得・譲渡を可能とする必要があります。他方で、遺産分割には固有の利点(具体的相続分の割合による分割の利益、不動産に限らない遺産全体の一括分割が可能など)があり、相続人に遺産分割をする機会を保障する必要があります。ただ、持分取得・譲渡制度の利用の前提となる供託金の額について具体的相続分を基に算定することは困難です。
そこで、相続開始時から10年の期間があれば、遺産分割の機会は保障されているものと考え、また、相続開始時から10年が経過すれば、遺産分割の基準は原則として法定相続分等となることから、供託金の額も法定相続分等を基に算定することが可能になります(遺産分割請求ができないやむを得ない事由がある場合については、異議の届出の仕組み等で対応できます)。
改正法
共有者(相続人を含む。)は、相続開始時から10年を経過したときに限り、持分取得・譲渡制度により、所在等不明相続人との共有関係を解消することができるようになりました。
- ① 共有者は、裁判所の決定を得て、所在等不明相続人(氏名等不特定を含む)の不動産の持分を、その価額に相当する額の金銭の供託をした上で、取得することができます(新民法262条の2第3項)。
- ② 共有者は、裁判所の決定を得て、所在等不明相続人以外の共有者全員により、所在等不明相続人の不動産の持分を含む不動産の全体を、所在等不明相続人の持分の価額に相当する額の金銭の供託をした上で、譲渡することができます(新民法262条の3第2項)。
※ 異議届出期間満了前に家庭裁判所に遺産分割の請求がされ、異議の届出があれば、遺産分割手続が優先され、持分取得の裁判の申立ては却下されます。
(例)相続人が、やむを得ない事由があることを理由に、具体的相続分による遺産の分割を求めて遺産分割の請求を行い、異議の届出をしたケースなど
※ 共有者が取得する所在等不明相続人の不動産の持分の割合、所在等不明相続人に対して支払うべき対価(供託金の額)は、具体的相続分ではなく、法定相続分又は指定相続分を基準とします(新民法898条2項)。
※ 相続開始時から10年が経過する前でも、所在等不明相続人の土地・建物の持分につき、所有者不明土地・建物管理人を選任することは可能です。
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
令和3年改正「民法のルールの見直し② 共有制度の見直し」(令和5年4月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
民法ルールの見直し
所有者不明土地については、調査を尽くしても土地の所有者が特定できず、又は所在が不明な場合には、土地の円滑な利用や管理が困難です。
また、所有者不明土地問題を契機に、現行民法の規律が現代の社会経済情勢にそぐわないことが顕在化してきました。
そこで、民法のルールについて、以下のような見直しがなされました。
2 共有制度の見直し
(1)共有物の利用促進
ア 共有物の変更・管理に関する見直し
現行法では、各共有者は、持分に応じて共有物を使用することができます(現民法249条)が、共有者相互の関係を調整するため、次のルールが定められています。このルールは、相続によって遺産に属する財産が相続人に共有されている場合(遺産共有)にも適用されます。
- ① 共有物に変更を加える(農地→宅地など)には、共有者全員の同意を要する(現民法251条)
- ② 管理に関する事項(使用する共有者の決定など)は、各共有者の持分の過半数で決する(現民法252条本文)
- ③ 保存行為(補修など)は、各共有者が単独ですることができる(現民法252条但書)
他方で、相続未登記状態にある土地について戸籍等を調査した結果、数次相続により相続人が多数に上ることや相続人の一部の所在等が不明となっていることが判明することがあります。そうすると、変更・管理に必要な同意を取り付けることが困難で、土地の利用に支障を来します。このような場合の対処方法として共有関係の解消(共有物分割訴訟など)がありますが、手続上の負担は軽くありませんでした。
また、現行法制定後120年以上の間の社会経済情勢の変化に伴い、共有者が土地の所在地から遠く離れていたり、共有者間の人的関係が希薄化したりして、共有者間で決定を得ることが困難になることもありました。
これらの問題は、相続された土地に限らず、共有物一般に発生し得るため、共有関係を解消しないままであっても、共有物の円滑な利用を可能にすることが重要です。すなわち、民法の共有物の変更・管理の規定を、社会経済情勢の変化に合わせて合理的なものに改正する必要がありました。
そこで、改正法では、
- 共有物の「管理」の範囲の拡大・明確化(新民法251条、252条)
- 共有物を使用する共有者がいる場合のルールの明確化・合理化(新民法249条、252条)
- 賛否を明らかにしない共有者がいる場合の管理に関するルールの合理化(新民法252条2項)
- 所在等不明共有者がいる場合の変更・管理に関するルールの合理化(新民法251条2項、252条2項)
- 共有者が選任する共有物の管理者のルールの整備(新民法251条、252条の2)
- 共有の規定と遺産共有持分に関するルールの整備(新民法898条2項)
がなされました。以下では、各制度を詳しく説明します。
イ 共有物の「管理」の範囲の拡大・明確化
現行法の問題点
現行法上は、共有物に軽微な変更を加える場合であっても、変更行為として共有者全員の同意が必要(現民法251条)と扱わざるを得ず、円滑な利用・管理を阻害していました。
また、賃借権等の使用収益権の設定は、基本的に持分の過半数で決定できますが、長期間の賃借権等については全員同意が必要と解されており、長期間かどうかの判断基準が明確でなく、実務上、慎重を期して全員同意を求めざるを得ないため、円滑な利用を阻害していました。
改正法
1 軽微変更についての規律の整備
共有物に変更を加える行為であっても、形状又は効用の著しい変更を伴わないもの(軽微変更)については、持分の過半数で決定することができます(新民法251条1項、252条1項)。
※「形状の変更」とは、その外観、構造等を変更することをいい、「効用の変更」とは、その機能や用途を変更することをいいます。具体的事案によりますが、例えば、砂利道のアスファルト舗装や、建物の外壁・屋上防水等の大規模修繕工事は、基本的に共有物の形状又は効用の著しい変更を伴わないものに当たると考えられます。
【改正法における共有物の変更・管理・保存概念の整理】
| 管理(最広義)の種類 | 根拠条文 | 同意要件 | |
|---|---|---|---|
| 変更(軽微以外) | 民法251条1項 | 共有者全員 | |
| 管理(広義) |
変更(軽微) |
民法251条1項 民法252条1項 |
持分の過半数 |
| 管理(狭義) | 民法252条1項 | ||
| 保存 | 民法252条5項 | 共有者単独 | |
2 短期賃借権等の設定についての規律の整備
以下の〔 〕内の期間を超えない短期の賃借権等の設定は、持分の過半数で決定することができます(新民法252条4項)。
(1)樹木の植栽又は伐採を目的とする山林の賃借権等 〔10年〕
(2)(1)に掲げる賃借権等以外の土地の賃借権等 〔5年〕
(3)建物の賃借権等 〔3年〕
(4)動産の賃借権等 〔6か月〕
※ 借地借家法の適用のある賃借権の設定は、約定された期間内での終了が確保されないため、基本的に共有者全員の同意がなければ無効となります。
ただし、一時使用目的(借地借家法25条、40条)や存続期間が3年以内の定期建物賃貸借(借地借家法38条1項)については、持分の過半数の決定により可能ですが、契約において、更新がないことなど所定の期間内に賃貸借が終了することを明確にする工夫が必要となります。
ウ 共有物を使用する共有者がいる場合のルール
現行法の問題点
現行法では、共有物を使用する共有者がいる場合に、その共有者の同意がなくても、持分の過半数で共有物の管理に関する事項を決定できるかは明確ではありません。そのため、無断で共有物を使用している共有者がいる場合に、他の共有者が共有物を使用することは事実上困難となっていました。
また、各共有者はその持分に応じて共有物を使用することができますが(現民法249条)、共有物を使用する共有者は、他の共有者との関係でどのような義務を負うのかが明確ではなく、共有者間における無用な紛争を惹起するおそれがありました。
改正法
1 管理に関する事項の決定方法
○ 共有物を使用する共有者がある場合でも、持分の過半数で管理に関する事項を決定することができます(新民法252条1項後段)。
共有者間の定めがないまま共有物を使用する共有者の同意なく、持分の過半数でそれ以外の共有者に使用させる旨を決定することも当然に可能となります。
※ 配偶者居住権が成立している場合には、他の共有者は、持分の過半数により使用者を決定しても、別途消滅の要件を満たさない限り配偶者居住権は存続し(民法1032条4項、1038条3項参照)、配偶者居住権を消滅させることはできません。また、共有者間の決定に基づき第三者に短期の賃借権等を設定している場合に、持分の過半数で当該賃貸借契約等の解約を決定したとしても、別途解除等の消滅の要件を満たさない限り賃借権等は存続します。
○ 管理に関する事項の決定が、共有者間の決定に基づいて共有物を使用する共有者に特別の影響(※)を及ぼすべきときは、その共有者の承諾を得なければなりません(新民法252条3項)。
※ 「特別の影響」とは、対象となる共有物の性質に応じて、決定の変更等をする必要性と、その変更等によって共有物を使用する共有者に生ずる不利益とを比較して、共有物を使用する共有者に受任すべき程度を超えて不利益を生じさせることをいい、その有無は、具体的事案に応じて判断されます。
例)A、B及びCが各3分の1の持分で建物を共有している場合において、過半数の決定に基づいてAが当該建物を住居として使用しているが、Aが他に住居を探すのが容易ではなく、Bが他の建物を利用することも可能であるにもかかわらず、B及びCの賛成によって、Bに当該建物を事務所として使用させる旨を決定するケース
2 共有物を使用する共有者の義務
- 共有物を使用する共有者は、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負います。ただし、共有者間で無償と するなどの別段の合意がある場合には、その合意に従うこととなります(新民法249条2項)。
- 共有者は、善良な管理者の注意をもって、共有物の使用をしなければなりません(新民法249条3項)。
エ 賛否を明らかにしない共有者がいる場合の管理
現行法の問題点
社会経済活動の広域化、国際化等の社会経済情勢の変化に伴い、共有者が共有物から遠く離れて居住・活動していることや共有者間の人的関係が希薄化することが増加しています。
そのため、共有物の管理に関心を持たず、連絡をとっても明確な返答をしない共有者がいる場合には、共有物の管理が困難になっていました。
改正法
賛否を明らかにしない共有者がいる場合には、裁判所の決定を得て、その共有者以外の共有者の持分の過半数により、管理に関する事項を決定することができます(新民法252条2項2号)。
※ 変更行為や賛否を明らかにしない共有者が共有持分を失うことになる行為(抵当権の設定等)には、利用することができません。
※ 賛否を明らかにしない共有者の持分が、他の共有者の持分を超えている場合や、複数の共有者が賛否を明らかにしない場合であっても、利用することができます。
手続きの流れ
① 事前の催告
共有者が、他の共有者(複数でも可)に対し、相当の期間(通常は2週間程度)を定め、決定しようとする管理事項を示した上で、賛否を明らかにすべき旨を催告
※ 催告の方法に法律上制限はないが、裁判で証明する観点から、書面等で行って証拠化しておくことも重要
② 申立て・証拠提出
- 管轄裁判所:共有物の所在地の地方裁判所
- 賛否不明の証明:事前催告に対して対象共有者が賛否を明らかにしないことの証明が必要
- 対象行為の特定:決定しようとする管理事項を特定する必要
③ 1ヶ月以上の賛否明示期間・通知
- 裁判所が対象共有者に対して賛否明示期間内に賛否を明らかにすべき旨を通知
- 賛否を明らかにした共有者がいる場合には、裁判所は、その共有者については認容決定ができない(後の共有者間の決定においてその共有者を排除することができない)
④ 他の共有者の同意で管理をすることができる旨の決定
⑤ 共有者間での決定
例)A、B、C、D、E共有(持分各5分の1) の砂利道につき、A・Bがアスファルト舗装をすること(軽微変更=管理)について他の共有者に事前催告をしたが、D・Eは賛否を明らかにせず、Cは反対した場合には、裁判所の決定を得た上で、AとBは、アスファルト舗装をすることができる(A、B、Cの持分の過半数である3分の2の決定)。
※ 賛否を明らかにしない共有者に加えて所在等不明共有者がいるときは、この手続と併せて別の手続もとることで、それ以外の共有者の決定で管理をすることが可能
オ 所在等不明共有者がいる場合の変更・管理
現行法の問題点
所在等不明共有者(必要な調査を尽くしても氏名等や所在が不明な共有者)がいる場合には、その所在等不明共有者の同意を得ることができず、共有物に変更を加えることについて、共有者全員の同意を得ることができません。
また、管理に関する事項についても、所在等不明共有者以外の共有者の持分が過半数に及ばないケースなどでは、決定ができませんでした。
改正法
所在等不明共有者がいる場合には、裁判所の決定を得て、
- ① 所在等不明共有者以外の共有者全員の同意により、共有物に変更を加えることができます(新民法251条2項)。
- ② 所在等不明共有者以外の共有者の持分の過半数により、管理に関する事項を決定することができます(新民法252条2項1号)。
※ 所在等不明共有者が共有持分を失うことになる行為(抵当権の設定等)には、利用することができません。
※ 所在等不明共有者の持分が、所在等不明共有者以外の共有者の持分を超えている場合や、複数の共有者が所在不明の場合であっても、利用可能です。
手続きの流れ
① 申立て・証拠提出
- 管轄裁判所:共有物の所在地の地方裁判所
- 所在等不明の証明:例えば、不動産の場合には、裁判所に対し、登記簿上共有者の氏名等や所在が不明であるだけではなく、住民票調査など必要な調査を尽くしても氏名等や所在が不明であることを証明することが必要
- 対象行為の特定:加えようとしている変更や、決定しようとする管理事項を特定 して申立てをする必要
② 1ヶ月以上の異議届出期間・公告の実施
③ 他の共有者の同意で変更・管理をすることができる旨の決定
④ 共有者間での意思決定
例1)A、B、C、D、E共有の土地につき、必要な調査を尽くしてもC、D、Eの所在が不明である場合には、裁判所の決定を得た上で、AとBは、第三者に対し、建物所有目的で土地を賃貸すること(変更)ができる(A・Bの全員同意)。 例2 A、B、C、D、E共有(持分各5分の1)の建物につき、必要な調査を尽くしてもD、Eの所在が不明である場合には、裁判所の決定を得た上で、AとBは、第三者に対し、賃借期間3年以下の定期建物賃貸借をすること(管理)ができる(A、B、Cの持分の過半数である3分の2の決定)。
カ 共有物の管理者/共有の規定と遺産共有持分
共有物の管理者
共有物に管理者を選任し、管理を委ねることができれば、共有物の円滑な管理の観点から有用です。もっとも、現行法には管理者に関する明文規定がないため、選任の要件や権限の内容が判然としませんでした。
そこで、改正法では、
- ① 管理者の選任・解任は、共有物の管理のルールに従い、共有者の持分の過半数で決定できることとなりました(新民法252条1項)。共有者以外を管理者とすることも可能です。
- ② また、管理者は、管理に関する行為(軽微変更を含む)をすることができます。軽微でない変更を加えるには、共有者全員の同意を得なければなりません(新民法252条の2第1項)。
※ 所在等不明共有者がいる場合には、管理者の申立てにより裁判所の決定を得た上で、所在等不明共有者以外の共有者の同意を得て、変更を加えることが可能です。
- ③ 管理者は、共有者が共有物の管理に関する事項を決定した場合には、これに従ってその職務を行わなければなりません(新民法252条の2第3項)。
※ 違反すると共有者に対して効力を生じませんが、善意(決定に反することを知らない)の第三者には無効を対抗することができません。
(活用例)
共有物の使用者が決定していないケースで、管理者が第三者に賃貸したりするなどして使用方法を決定 共有者が使用する共有者を決定していたのに、管理者が決定に反して第三者に賃貸した場合には、前記③※により善意者を保護
共有の規定と遺産共有持分
現行法では、共有に関する規定は、持分の割合に応じたルールを定めていますが、相続により発生した遺産共有では、法定相続分・指定相続分と、具体的相続分のいずれが基準となるのか不明確でした。
そこで、改正法では、遺産共有状態にある共有物に共有に関する規定を適用するときは、法定相続分(相続分の指定があるケースは、指定相続分)により算定した持分を基準とすることが明記されました(新民法898条2項)。
(例)遺産として土地があり、A、B、Cが相続人(法定相続分各3分の1)であるケースでは、土地の管理に関する事項は、具体的相続分の割合に関係なく、A・Bの同意により決定することが可能
(2)共有関係の解消促進
ア 裁判による共有物分割
現行法の問題点
現物分割
共有物を共有持分割合に応じて物理的に分ける方法 競売分割:共有物を競売により第三者に売却し、売却代金を共有持分割合に応じて共有者で分ける方法 賠償分割:共有物を共有者の一人(又は複数)の所有にし、共有物を取得した者が他の共有者に代償金を支払う方法
現行法上、裁判による共有物の分割方法として、現物分割と競売分割が挙げられており、裁判所はまず現物分割の可否について検討した上で、現物分割が困難な場合に競売分割を命ずることができるとされています(現民法258条2項)。
判例では、共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を金銭で支払わせる、いわゆる賠償分割(全面的価格賠償)をすることも許容されています(最判平成8年10月31日民集50巻9号2563頁)。
もっとも、賠償分割についての明文の規定がないため、分割方法の検討順序に関する当事者の予測可能性が確保されていません。また、賠償分割を行う際には、実務上、現物取得者の支払を確保するために、裁判所が現物取得者に対して取得持分に相当する金銭の支払を命ずるなどの措置が講じられていますが、明文の根拠規定がなく運用の安定性を欠いていました。
改正法
① 賠償分割に関する規律の整備
裁判による共有物分割の方法として、賠償分割(「共有者に債務を負担させて、他の共有者の持分の全部又は一部を取得させる方法」)が可能であることが明文化されました(新民法258条2項)。
また、①現物分割・賠償分割のいずれもできない場合、又は②分割によって共有物の価格を著しく減少させるおそれがある場合(現物分割によって共有物の価格を著しく減少させるおそれがあり、賠償分割もできない場合)に、競売分割を行うこととして、検討順序が明確化されました(新民法258条3項)
② 給付命令に関する規律の整備
裁判所が、共有物の分割の裁判において、当事者に対して、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができることが明文化されました(新民法258条4項)。
※ 賠償金取得者が同時履行の抗弁を主張しない場合であっても、共有物分割訴訟の非訟事件的性格(形式的形成訴訟)から、裁判所の裁量で引換給付を命ずることも可能です。
※ この他に、共有物の分割について共有者間で協議をすることができない場合(例:共有者の一部が不特定・所在不明である場合)においても、裁判による共有物分割をすることができることが明確化されました(新民法258条1項)。
イ 所在等不明共有者の不動産の持分の取得
現行法の問題点
【現行法で共有者が他の共有者の持分を取得する方法】
① 裁判所の判決による共有物分割
② 共有者全員の協議(合意)による共有物分割
③ 他の共有者から任意で持分の譲渡を受ける
現行法上、共有者が所在不明のケースでは、①判決による共有物分割は可能ですが、全ての共有者を当事者として訴えを提起しなければならないなど、手続上の負担は小さくありませんでした。
また、②合意による共有物分割、③任意譲渡は、不在者財産管理人等の選任を経ない限り不可能で、管理人の報酬等に要する費用負担が問題となっていました。
さらに、共有者の氏名等が不特定のケースは、現行法では対応ができませんでした。
改正法
共有者は、裁判所の決定を得て、所在等不明共有者(氏名等不特定を含む) の不動産の持分を取得することができます(新民法262条の2)。
所在不明共有者は、持分を取得した共有者に対する時価相当額請求権を取得します(実際には、供託金から支払を受けることとなります。差額がある場合は、別途訴訟を提起するなどして請求することが可能です)。
なお、遺産共有のケースでは、相続開始から10年を経過しなければ、利用することができません(新民法262条の2第3項)。
手続きの流れ
① 申立て・証拠提出
- 管轄裁判所:不動産の所在地の地方裁判所
② 異議届出期間等の公告・登記簿上の共有者への通知
- 所在等不明共有者の異議:所在等不明共有者が異議の届出をして所在等が判明すれば、裁判の申立ては却下。異議届出期間経過後であっても裁判前であれば届出が可能
- 申立人以外の共有者の異議:異議届出期間満了前に、共有物分割の訴えが提起され、かつ、異議の届出があれば、その訴訟が優先し、持分取得の裁判の申立ては却下
③ 3ヶ月以上の異議届出期間等の経過
- 供託命令:具体的な金額は裁判所が決定
- 供託金に関する消滅時効:申立人が持分を取得し、所在等不明共有者が現れないまま供託金還付請求権が消滅時効にかかった場合には、供託金は確定的に国庫に帰属
④ 時価相当額の金銭の供託
⑤ 取得の裁判
- 持分の取得時期:申立人が持分を取得するのは、裁判の確定時
ウ 所在等不明共有者の不動産の持分の譲渡
現行法の問題点
不動産の共有持分を売却して得る代金よりも、不動産全体を売却し、持分に応じて受け取る代金の方が高額になりやすいのですが、所在等不明共有者(必要な調査を尽くしても氏名等や所在が不明な共有者)がいる場合、不動産全体を売却することは不可能でした。
共有物分割や持分取得制度により、所在等不明共有者の持分を他の共有者に移転し、共有物全体を売却することができますが、売却した上で代金を按分することを予定しているのに、共有者に持分を一旦移転するのは迂遠であり、手間や費用を要することとなっていました。
改正法
裁判所の決定によって、申立てをした共有者に、所在等不明共有者の不動産の持分を譲渡する権限を付与する制度が創設されました(新民法262条の3)。
譲渡権限は、所在等不明共有者以外の共有者全員が持分の全部を譲渡することを停止条件とするものであり、不動産全体を特定の第三者に譲渡するケースでのみ行使可能です(一部の共有者が持分の譲渡を拒む場合には、条件が成就せず、譲渡をすることができません)。
所在等不明共有者の持分は、直接、譲渡の相手方に移転します(申立てをした共有者がいったん取得するものではありません)。
所在不明共有者は、譲渡権限を行使した共有者に対する不動産の時価相当額のうち持分に応じた額の支払請求権を取得します(実際には供託金から支払を受けることとなります。実際の時価に応じた額が供託金より高額である場合には、別途訴訟を提起するなどして請求することが可能です)。
なお、遺産共有のケースでは、相続開始から10年を経過しなければ、利用することができません(新民法262条の3第2項)。
また、不動産の譲渡には、裁判を得た上で、別途、裁判外での売買契約等の譲渡行為が必要となります。譲渡行為は、裁判の効力発生時(即時抗告期間の経過などにより裁判が確定した時)から原則2か月以内(裁判所が伸長することは可能です)にしなければなりません。
手続きの流れ
(例)土地の共有者A、B、CのうちCが所在不明である場合に、Aの申立てにより土地全体を第三者に売却するケース
① Aによる申立て・証拠提出
- 管轄裁判所:不動産の所在地の地方裁判所
- 所在等不明の証明が必要
② 3ヶ月以上の異議届出期間・公告の実施
③ 時価相当額を持分に応じて按分した額の供託
- 時価の算定にあたっては、第三者に売却する際に見込まれる売却額等を考慮
④ C持分の譲渡権限をAに付与する裁判
⑤ A・B→第三者 土地全体を売却
- 誰に、いくらで譲渡するかは、所在等不明共有者以外の共有者の判断による
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
令和3年改正「不動産登記制度の見直し」

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
相続登記の申請の義務化【令和6年4月1日施行】
なぜ相続登記の申請を義務化?
相続が発生してもそれに伴って相続登記がされない原因として、①これまで相続登記の申請は任意とされており、かつ、 その申請をしなくても相続人が不利益を被ることが少なかったこと、②相続した土地の価値が乏しく、売却も困難であるような場合には、費用や手間を掛けてまで登記の申請をする意欲がわきにくいことが指摘されています。
そのため、相続登記の申請を義務化することで、所有者不明土地の発生を予防しようとしています。
相続登記の申請義務についてのルール
ア 基本的なルール
相続(遺言も含みます。)によって不動産を取得した相続人は、その所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならないこととされます。
なお、「被相続人の死亡を知った日」からではないため、相続人が不動産を取得したことを知らなければ、3年の期間は開始しません。
イ 遺産分割が成立した時の追加的なルール
遺産分割の話し合いがまとまった場合には、不動産を取得した相続人は、遺産分割が成立した日から3年以内に、その内容を踏まえた登記を申請しなければならないこととされます。
ケース別にルールの内容を整理すると……
【相続人がすべき登記申請の内容】
○ 3年以内に遺産分割が成立しなかったケース
- まずは、3年以内に相続人申告登記の申出(法定相続分での相続登記の申請でも可)を行う。
- その後に遺産分割が成立したら、遺産分割成立日から3年以内に、その内容を踏まえた相続登記の申請を行う。
- その後に遺産分割が成立しなければ、それ以上の登記申請は義務付けられない。
○ 3年以内に遺産分割が成立したケース
- 3年以内に遺産分割の内容を踏まえた相続登記の申請が可能であれば、これを行えば足りる。
- それが難しい場合等においては、3年以内に相続人申告登記の申出(法定相続分での相続登記の申請でも可)を 行った上で、遺産分割成立日(死亡日ではない)から3年以内に、その内容を踏まえた相続登記の申請を行う。
○ 遺言書があったケース
- 遺言(特定財産承継遺言又は遺贈)によって不動産の所有権を取得した相続人が取得を知った日から3年以内に遺言の内容を踏まえた登記の申請(相続人申告登記の申告でも可)を行う。
【相続人の一部の者が相続放棄をした場合】
その者は、初めから相続人とならなかったものとみなされる (他の相続人は、その者を除いた上で算定される法定相続分に応じて権利を取得することになる)。
→ 他の相続人は、当該相続放棄を知った日から3年以内に相続放棄後の割合による相続登記の申請義務を負う。
ウ 罰則
ア・イともに、正当な理由がないのに義務に違反して申請を怠った場合、10万円以下の過料の適用対象となります。
過料とは、法律秩序を維持するために、法令に違反した場合に制裁として科せられる行政上の秩序罰(罰金のような刑事罰とは異なるもの)です。国が科する過料については、基本的に裁判所における過料の手続を経ることとなり、裁判所は法務局からの通知で事実を把握します。
個別事情を丁寧に酌む運用を行うため、「正当な理由」の具体的な類型については、通達等であらかじめ明確化する予定とされていますが、以下のような場合には「正当な理由」があると考えられます。
【「正当な理由」があると考えられる例】
- ①数次相続が発生して相続人が極めて多数に上り、戸籍謄本等の必要な資料の収集や他の相続人の把握に多くの時間を要するケース
- ②遺言の有効性や遺産の範囲等が争われているケース
- ③申請義務を負う相続人自身に重病等の事情があるケース など
また、過料を科する際の具体的な手続についても、事前に義務の履行を催告することとするなど、公平性を確保する観点から、省令等に明確に規定する予定とされており、履行期間経過後でも催告に応じて登記申請がされれば、法務局から裁判所に過料通知はしないこととされるようです。
エ 経過措置
施行日(令和6年4月1日)前に相続が発生していたケースについても、登記の申請義務は課されます。
申請義務の履行期間については、施行前から開始しないように配慮されます。
具体的には、施行日とそれぞれの要件を充足した日のいずれか遅い日から法定の期間(3年間)が開始します。
相続人申告登記【令和6年4月1日施行】
相続登記の申請は大変
相続発生後は、遺産分割がなければ全ての相続人が法定相続分の割合で不動産を取得 (共有)した状態となります。
現行不動産登記法(以下、「現行法」といいます。)の下でも、この共有状態をそのまま登記に反映する方法(法定相続分での相続登記)がありますが、法定相続人の範囲及び法定相続分の割合の確定が必要であるため、 被相続人の出生から死亡に至るまでの戸除籍謄本等の書類の収集が必要であり、登記申請に当たっての手続的な負担が大きいものでした。
そこで、より簡易に相続登記の申請義務を履行することができるようにする仕組みが新たに設けられます。
相続人申告登記
①所有権の登記名義人について相続が開始した旨と、②自らがその相続人である旨を、申請義務の履行期間内(3年以内)に登記官に対して申し出ることで、申請義務を履行したものとみなされます(登記簿に氏名・住所が記録された相続人の申請義務のみ履行したことになります)。
申出を受けた登記官は、所要の審査をした上で、申出をした相続人の氏名・住所等を職権で登記に付記します。これにより、登記簿を見ることで相続人の氏名・住所を容易に把握することが可能になります。
相続人が複数存在する場合でも、特定の相続人が単独で申出をすることが可能です(他の相続人の分も含めた代理申出も可能です。)。
また、法定相続人の範囲及び法定相続分の割合の確定が不要となります。添付書面としては、申出をする相続人自身が被相続人(所有権の登記名義人)の相続人であることが分かる当該相続人の戸籍謄本を提出することで足りますので、資料収集の負担が軽減されることとなります。
なお、相続によって権利を取得したことまでは公示されないので、相続人申告登記は従来の相続登記とは全く異なるものといえます。
所有不動産記録証明制度【令和8年4月までに施行】
現状の問題点
現行法の下では、登記記録は、土地や建物ごとに作成されており(物的編成主義)、全国の不動産から特定の者が所有権の登記名義人となっているものを網羅的に抽出し、その結果を公開する仕組みは存在しません。
その結果、所有権の登記名義人が死亡した場合に、その所有する不動産としてどのようなものがあるかについて相続人が把握しきれず、見逃された土地について相続登記がされないまま放置されてしまう事態が少なからず生じていると指摘されています。
所有不動産記録証明制度
相続登記の申請の義務化に伴い、相続人において被相続人名義の不動産を把握しやすくすることで、相続登記の申請に当たっての当事者の手続的負担を軽減するとともに、登記漏れを防止する観点から、登記官において、特定の被相続人が所有権の登記名義人(※)として記録されている不動産(そのような不動産がない場合には、その旨。以下同じ。)を一覧的にリスト化し、証明する制度が新設されます。
(※)条文上は「これに準ずる者として法務省令で定めるものを含む。」とされており、将来的には、表題部所有者への拡大も検討予定とされています。
【所有不動産記録証明書の交付が可能な者の範囲】
ある特定の者が登記名義人となっている不動産を一覧的に把握するニーズは、より広く生存中の自然人のほか法人についても認められるとの指摘がされていることから、これらの者についても所有不動産記録証明制度の対象としつつ、プライバシー等に配慮して請求範囲を次のとおり限定することとしている。
- 何人も、自らが所有権の登記名義人として記録されている不動産について本証明書の交付請求が可能
- 相続人その他の一般承継人は、被相続人その他の被承継人に係る本証明書について交付請求可能
* 証明書の交付請求先となる登記所については法務大臣が指定する予定であり、手数料の額等については政令等で定める予定とされています。
所有権の登記名義人の死亡情報についての符号の表示【令和8年4月までに施行】
現状の問題点
現行法の下では、特定の不動産の所有権の登記名義人が死亡しても、一般に、申請に基づいて相続登記等がされない限り、当該登記名義人が死亡した事実は不動産登記簿に公示されないため、登記記録から所有権の登記名義人の死亡の有無を確認することができません。
もっとも、民間事業や公共事業の計画段階等においては、死亡の有無の確認が可能になれば、所有者の特定やその後の交渉に手間やコストを要する土地や地域を避けることが可能になり、事業用地の選定がより円滑になることから、所有権の登記名義人の死亡情報をできるだけ登記に反映させるべきであるとの指摘がされています。
死亡情報についての符号の表示
所有権の登記名義人の相続に関する不動産登記情報の更新を図る方策の一つとして、登記官が他の公的機関 (住基ネットなど)から取得した死亡情報に基づいて不動産登記に死亡の事実を符号によって表示する制度が新設されます。これにより、登記を見ればその不動産の所有権の登記名義人の死亡の事実を確認することが可能となります。
なお、符号の表示を広く実施していく観点から、住基ネット以外の情報源(固定資産課税台帳等)からも死亡情報の把握の端緒となる情報を取得する予定とされています。
住所等の変更登記の申請の義務化【令和8年4月までに施行】
なぜ住所等の変更登記の申請を義務化?
登記簿上の所有者の氏名や住所が変更されてもその登記がされない原因として、①これまで住所等の変更登記の申請は任意とされており、かつ、その申請をしなくても所有者自身が不利益を被ることが少なかったこと、②転居等の度にその所有不動産について住所等の変更登記をするのは負担であることが指摘されています。都市部では、住所変更登記等の未了が所有者不明土地の主な原因となっているとの調査結果もあります。
そこで、住所等の変更登記の申請を義務化することで、所有者不明土地の発生を予防しようとしています。
住所等の変更登記の申請義務についてのルール
ア ルール
登記簿上の所有者については、その住所等を変更した日から2年以内に住所等の変更登記の申請をしなければならないこととされます。
イ 罰則
正当な理由がないのに義務に違反した場合、5万円以下の過料の適用対象となります。なお、相続登記と同様に、「正当な理由」の具体的な類型については通達等で明確化し、過料を科す具体的な手続についても省令等に明確に規定する予定とされています。
ウ 経過措置
施行日前に住所等変更が発生していたケースについても、登記の申請義務は課されます。
申請義務の履行期間については、施行前から開始しないように配慮されます。
具体的には、施行日とそれぞれの要件を充足した日のいずれか遅い日から法定の期間(2年間)が開始します。
他の公的機関との情報連携・職権による住所等の変更登記【令和8年4月までに施行】
申請義務の実効性を確保するための環境整備策として、手続の簡素化・合理 化を図る観点から、登記官が他の公的機関から取得した情報に基づき、職権的に変更登記をする新たな方策も導入されます。
ただし、自然人(個人)の場合には、住基ネットからの情報取得に必要な検索 用情報(生年月日など)を提供する必要があります。また、変更登記がされるのは、本人の了解があるときに限られます。
自然人の場合
※住民基本台帳制度の趣旨等を踏まえ、本人による「申出」があるときに限定される。
- ➊ 所有権の登記名義人から、あらかじめ、その氏名・住所のほか、生年月日等の「検索用情報」を提供する。
- ❷ 検索用情報等を検索キーとして、法務局側で定期的に住基ネットに照会をして、所有権の登記名義人の氏名・住所等の異動情報を取得することにより、住所等の変更の有無を確認する。
- ❸ 住所等の変更があったときは、法務局側から所有権の登記名義人に対し、住所等の変更登記をすることについて確認を行い、その了解(「申出」と扱う)を得たときに、登記官が職権的に変更の登記をする。
→ 登記申請義務は履行済みとなる。
法人の場合
- ➊ 法務省内のシステム間連携により、法人の住所等に変更が生じたときは、商業・法人登記のシステムから不動産登記のシステムにその変更情報を通知することにより、住所等の変更があったことを把握する。
※改正法では、所有権の登記名義人が法人であるときは、その会社法人等番号を登記事項とすることとされており、この情報連携においても会社法人等番号の利用が想定されている。 - ❷ 取得した情報に基づき、登記官が職権的に変更の登記をする。
→ 登記申請義務は履行済みとなる。
外国に居住する所有権の登記名義人の国内連絡先の登記【令和6年4月1日施行】
現状の問題点
近時、国際化の進展の下で、海外在留邦人の増加や海外投資家による我が国への不動産投資の増加により、 不動産の所有者が国内に住所を有しないケースが増加しつつあります。
こうしたケースにおける所有者へのアクセスは、基本的に登記記録上の氏名・住所を手掛かりとするほかないのですが、 我が国のように住所の公示制度が高度に整備された国は少ないことなどから、その所在の把握や連絡を取ることに困難を伴うことが少なくないとの指摘がされています。
そこで、所有権の登記名義人が外国居住者である場合については、住基ネット等との連携によっても住所等の変更情報を取得することができないため、円滑に連絡をとるための特別な仕組みが必要です。
外国に居住する所有権の登記名義人の国内連絡先の登記
所有権の登記名義人が国内に住所を有しないときは、その国内における連絡先が登記事項とされます。具体的には、国内における連絡先となった者の氏名・住所等を登記することとなります。
国内連絡先となる者については、自然人でも法人でも可能とされています(不動産関連業者・司法書士等が給源となることが期待されています。)。
なお、この制度が定着するまでの間は、連絡先がない旨の登記も許容する予定とされています。
DV被害者等の保護のための登記事項証明書等の記載事項の特例 【令和6年4月1日施行】
現状の問題点
現行法上は、登記事項証明書等の交付請求により、誰でも登記名義人等の氏名・住所を知ることが可能です。
第三者に住所を知られると生命・身体に危害が及ぶおそれのあるDV被害者等については、実務の運用により、前住所を住所として登記をすることも認めたり、住所の閲覧を特別に制限したりする取扱いなどがされています。
DV被害者等の保護のための登記事項証明書等の記載事項の特例
DV被害者等についても相続登記や住所変更登記等の申請義務化の対象となることに伴い、現在の取扱いについて必要な見直しをした上で、DV被害者等の保護のための措置が法制化されます。
DV防止法、ストーカー規制法、児童虐待防止法上の被害者等を対象に、対象者が載っている登記事項証明書等を登記官が発行する際には、現住所に代わる事項を記載する制度が設けられました(本人からの申出が必要です)。
現住所に代わる事項としては、委任を受けた弁護士等の事務所や支援団体等の住所、法務局の住所などが想定されています。
形骸化した登記の抹消手続の簡略化【令和5年4月1日施行】
所有権以外の権利
ア 現状の問題点
所有権以外の権利についても、例えば、登記された存続期間が満了している地上権等の権利や、買戻しの期間が経過している買戻しの特約など、既にその権利が実体的には消滅しているにもかかわらず、その登記が抹消されることなく放置され、権利者(登記義務者)が不明となったり、実体を失ってその抹消に手間やコストを要したりするケースが少なからず存在するとの指摘があります。
また、現行法には登記義務者の所在が不明である場合における登記の抹消についての特例があるものの、手続的な負担が重いなどの理由で活用がされていない実情があります。
そこで、より簡便に、所有権以外の権利に関する登記の抹消を可能とする仕組みが必要です。
イ 形骸化した登記の抹消手続の簡略化
①買戻しの特約に関する登記がされている場合において、その買戻しの特約がされた売買契約の日から10年を経過したときは、実体法上その期間が延長されている余地がないことを踏まえ、登記権利者(売買契約の買主)単独での当該登記の抹消が可能となります。
※ 登記された買戻しの期間が10年より短い場合で、その期間を満了したときは、 ②の方法によることが可能です。
②登記された存続期間が既に満了している地上権等の権利に関する登記について、現行法所定の調査よりも負担の少ない調査方法により権利者(登記義務者)の所在が判明しないときは、 登記権利者単独での当該登記の抹消が可能となります。
担保権
ア 現状の問題点
被担保債権が弁済等により消滅しても担保権の登記が抹消されず、登記がされてから長い年月を経た担保権の登記が残存していることがあり、これがあると不動産の円滑な取引を阻害する要因となります。
また、現行法には、登記義務者の所在が知れないため共同して登記の抹消を申請することができない場合 において、被担保債権の弁済期から20年を経過し、かつ、その期間を経過した後に当該被担保債権、その利息及び債務不履行により生じた損害の全額に相当する金銭が供託されたときにおける登記の抹消についての特例があるものの、登記義務者である法人の「所在が知れない」と認められる場合が限定されている上、貨幣価値が大きく変動しない現代においては供託要件を満たすことが困難な例が生ずることが予想されます。
そこで、より簡便に、一定の要件の下で担保権に関する登記の抹消を可能とする仕組みが必要です。
イ 形骸化した登記の抹消手続の簡略化
解散した法人の担保権(先取特権等)に関する登記について清算人の所在が判明しないために抹消の申請をすることができない場合において、法人の解散後30年が経過し、かつ、被担保債権の弁済期から30年を経過したときは、供託等をしなくとも、登記権利者(土地所有者)が単独でその登記の抹消を申請することができます。
登記簿の附属書類の閲覧制度の見直し【令和5年4月1日施行】
現状の問題点
現行法上、土地所在図等の図面以外の登記簿の附属書類については、請求人が「利害関係」を有する部分に限って閲覧可能とされていますが、この 「利害関係」が具体的にどのような範囲のものを指すのかは必ずしも明確ではありません。
また、近時においては、プライバシーへの配慮の要請が強まり、登記簿の附属書類に含まれる個々の書類の性質・内容ごとに閲覧の可否をそれぞれ検討すべきものが増えています。
登記簿の附属書類の閲覧の基準を合理化
「利害関係」との要件が「正当な理由」に変更され、閲覧の対象となる文書の性質ごとに閲覧の可否を検討・判断することとなります。
「正当な理由」の内容は通達等で明確化することが予定されていますが、例えば
- ①過去に行われた分筆の登記の際の隣地との筆界等の確認の方法等について確認しようとするケース
- ②不動産を購入しようとしている者が登記名義人から承諾を得た上で、過去の所有権の移転の経緯等について確認しようとするケース
などが想定されています。
また、自己を申請人とする登記記録に係る登記簿の附属書類については、当然に閲覧可能とされます。
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
平成30年改正「特別の寄与の制度の創設」(令和元年7月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
平成30年改正「特別の寄与の制度の創設」(令和元年7月1日施行)
Point!
相続人以外の被相続人の親族が無償で被相続人の療養看護等を行った場合には、相続人に対して金銭の請求をすることができるようになりました。
<改正前>
相続人以外の者は、被相続人の介護に尽くしても、相続財産を取得することができませんでした。

<改正後>
遺産分割の手続が過度に複雑にならないよう、遺産分割は、改正前と同様、相続人(長女・次男)だけで行うこととしつつ、特別の寄与をした者から相続人に対する金銭請求を認めることとしました。

特別の寄与とは
相続法では、寄与分は、相続人にのみ認められています(民法904条の2)。そのため、例えば相続人の配偶者が無償で被相続人の療養看護に努めたような場合であっても、寄与分制度の評価対象とはならず、相続人に対して何らかの請求をすることは難しい状況にありました(もっとも、相続人の配偶者による寄与を相続人自身の寄与とみなして相続人が遺産分割手続の中で寄与分請求をするというやり方はあります。)。
そこで、改正法では、相続人以外の者の貢献を考慮するための方策が規定されました。
民法第1050条
被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第891条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。
2 前項の規定による特別寄与料の支払について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6箇月を経過したとき、又は相続開始の時から1年を経過したときは、この限りでない。
3 前項本文の場合には、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定める。
4 特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。
5 相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料の額に第900条から第902条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する。
(1)被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(以下、「特別寄与者」といいます。)は、相続が開始した後、各相続人に対して、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下、「特別寄与料」といいます。)を請求することができます。
(2)請求が認められるための要件は、
- ① 被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者、相続人の欠格事由に該当する者及び廃除された者を除く)であること
- ② ①の者が被相続人に対して療養看護その他の労務の提供をしたこと
- ③ ②により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をしたこと
- ④ ②が無償であることです。
ここで、③の「特別の寄与」とは、寄与分のように、被相続人と相続人との身分関係に基づいて通常期待される程度の貢献を超えるものであるとは解されておらず、貢献が一定の程度を超えることを要求する趣旨と解されています。
また、④の無償性については、寄与分と同様、寄与をした対価をもらっている場合には、改めて寄与料を請求するのは二重に利得することになりますから、当然認められないことを確認したものです(労務の対価といえない、お小遣い程度のものをもらっていた場合にも認められる可能性があります。)。
(3)特別寄与料について、当事者間で協議が調わないとき、または協議することができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができます。
ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6箇月を経過したとき、または相続開始の時から1年を経過したときまでに請求する必要があります(これらはいずれも除斥期間と解されています。)。
(4)家庭裁判所に上記請求がなされた場合、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定めます。
特別寄与料で最も典型的な療養看護型については、「職業看護人(付添人)を雇った場合の費用」を参考にし、以下のように算定するものと考えられます。
付添人の日当額療養看護の日数 × 裁量割合
なお、ここでいう「付添人」というのは、職業として看護等の業務を行っている方のことをいいます。
裁量割合については、家庭裁判所の判断になりますが、職業人ではなく親族であることから、0.5〜0.7の割合にすることが多いといわれています。
(5)特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができません。これは、寄与分と同様に、特別寄与料の上限が定められたものです。
なお、一切の事情を考慮した際に特別寄与料と遺産が同額になるような場合は少ないものと思われます。
(6)特別寄与料の負担割合については、法定相続分で負担することになります。
上記のとおり、特別寄与料の額については、遺産から遺贈の額を控除した額を超えて算定されないという制限はあるのですが、個別の相続人が遺産分割で取得した額を超える特別寄与料を請求される可能性はあります。
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
「平成30年7月相続法改正について」コラム一覧
民法には、人が死亡した場合に、その人(被相続人)の財産がどのように承継されるかなどに関する基本的なルールが定められており、この部分は「相続法」などと呼ばれています。
この「相続法」については、昭和55年に改正されて以来、大きな見直しがされてきませんでしたが、時代による変化に対応するために、相続法に関するルールを大きく見直し、平成 30 年 7 月に相続法制の見直しを内容とする「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」と、法務局において遺言書を保管するサービスを行うこと等を内容とする「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が成立しました。
コラム一覧は、下記からご覧ください。
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
平成30年改正「遺留分制度の見直し」(令和元年7月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
(1)遺留分を侵害された者は、遺贈や贈与を受けた者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の請求をすることができるようになりました。
(2)遺贈や贈与を受けた者が金銭を直ちに準備することができない場合には、裁判所に対し、支払期限の猶予を求めることができます。
<改正前>
① 遺留分減殺請求権の行使によって共有状態が生じます。そのような共有状態が、事業承継の支障となっているという指摘がありました。
② 遺留分減殺請求権の行使によって生じる共有割合は、目的財産の評価額等を基準に決まるため、通常は、分母・分子とも極めて大きな数字となります。 そのため、持分権の処分に支障が出るおそれがありました。

概要
経営者であった被相続人が、事業を手伝っていた長男に会社の土地建物(評価額1億1123万円)を、長女に預金1234万5678円を相続させる旨の遺言をし、死亡 (配偶者は既に死亡)。遺言の内容に不満な長女が長男に対し、遺留分減殺請求をした。
長女の遺留分侵害額
1854万8242円={(1億1123万円+1234万5678円)×1/2×1/2-1234万5678円}
会社の土地建物が長男と長女の複雑な共有状態になってしまっていた。
(持分割合)
長男:9268万1758 / 1億1123万
長女:1854万8242 / 1億1123万
<改正後>
① 遺留分侵害額請求権の行使により共有関係が当然に生ずることを回避することができるようになりました。
② 遺贈や贈与の目的財産を受遺者等に与えたいという遺言者の意思を尊重することができるようになりました。
遺留分侵害額請求によって生ずる権利は金銭債権となります。
上記事例では、長女は長男に対し1854万8242円請求することができます。
遺留分とは
遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人について、その生活保障を図るなどの観点から、最低限の取り分を確保する制度です。
遺留分権利者は、兄弟姉妹以外の相続人(配偶者・子・直系尊属)であり、その遺留分率は、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1です。
今回の改正により、遺留分を侵害された相続人は、被相続人から多額の遺贈又は贈与を受けた者に対して、遺留分侵害額に相当する金銭を請求することができるようになりました。
なお、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈を知った時から1年間行使しない時は時効により、相続開始の時から10年間を経過した時は除斥期間により、それぞれ消滅しますので、注意が必要です。
改正点①:遺留分減殺請求権の金銭債権化
(1)遺留分に関する権利の行使によって、遺留分権利者は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭債権を取得します。今回の改正では、遺留分減殺請求という名前を改め、「遺留分侵害額請求」となりました。
(2)受遺者又は受贈者は、遺贈または贈与の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合には、当該目的の価額から当該相続人の遺留分額を控除した額)を限度として、以下のルールで遺留分侵害額を負担します。
- ア 受遺者と受贈者がいるときは、受遺者が先に負担する。
- イ 受遺者が複数いるときは、遺贈の目的の価額の割合に応じて負担する。
- ウ 受贈者が複数存在し、かつ、その贈与が同時にされたものであるときも、贈与の目的の価額の割合に応じて負担する。
- エ 受贈者が複数いるとき(ウを除く)は、新しい贈与を受けた者から先に負担する。
(3)遺留分権利者から金銭請求を受けた受遺者又は受贈者が、金銭を直ちに準備することができない場合には、受遺者等は、裁判所に対し、金銭債務の全部又は一部の支払いにつき期限の許与を求めることができます。
改正点②:遺留分の算定方法の見直し
遺留分及び遺留分侵害額については、以下の計算式により算定します。
遺留分
=(遺留分を算定するための財産の価額(※1)×(1 / 2(※2)×(遺留分権利者の法定相続分)
遺留分侵害額
=(遺留分)-(遺留分権利者の特別受益の額)-(遺留分権利者が相続によって得た積極財産の額)+(遺留分権利者が相続によって負担する債務の額)(※1)
遺留分を算定するための財産の価額
=(相続時における被相続人の積極財産の額)+(相続人に対する生前贈与の額(原則10年以内)+(第三者に対する生前贈与の額(原則1年以内)-(被相続人の債務の額)(※2)直系尊属のみが相続人である場合は1/3
算定対象となる贈与については、以下のとおり、相続人に対する贈与で、特別受益に該当する贈与は、原則として被相続人の死亡前10年以内のものに限られることとなりました。
<算入対象となる贈与>
| 死亡前1年以内 | 死亡前1年超10年以内 | 死亡前10年超 | |
|---|---|---|---|
| 相続人以外の第三者に対する贈与 | 全て | 加害の認識があるもの | |
| 相続人に対する贈与 (改正前) | 全て | 特別受益に該当する贈与以外の贈与であって、加害の認識があるもの 特別受益に該当する贈与であって、特段の事情がないもの | |
| 相続人に対する贈与 (改正後) | 特別受益(婚姻・養子縁組のため又は生計の資本として受けたもの)に該当する贈与 | 特別受益に該当する贈与であって、 加害の認識があるもの | |
改正点③:遺留分侵害額の算定における債務の取扱い
遺留分侵害額請求を受けた場合において、その受遺者又は受贈者が、遺留分権利者の相続債務を消滅させる行為を行った場合には、その消滅した債務の額について、遺留分権利者に対する意思表示を行うことで、遺留分侵害額債務のうち遺留分権利者の代わりに支払った相続債務分を消滅させることができるようになりました。
(1)遺留分侵害額の請求を受けた受遺者又は受贈者は、遺留分権利者が承継する相続債務について免責的債務引受、弁済その他の債務を消滅させる行為をした時は、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示により、遺留分侵害額にかかる債務を消滅させることができます。
(2)(1)の場合には、(1)の行為によって遺留分権利者に対して取得した求償債権は、(1)の規律により消滅した遺留分侵害額にかかる債務の額の限度において消滅します。
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
平成30年改正「遺言による相続の対抗要件」(令和元年7月1日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
遺言により、法定相続分より多い額を相続した場合、登記などの対抗要件を備えないと、所有権について第三者に対抗できなくなりました。
<改正前>
相続させる旨の遺言等により承継された財産については、登記なくして第三者に対抗することができるとされていました。
そのため、遺言の内容を知り得ない相続債権者等の利益を害することとなっていました。

| ①の処分の類型 | 遺産分割 | 遺贈 | 相続させる旨の遺言 ※相続させる旨の遺言による権利の承継は、登記なくして第三者に対抗することができる(判例)。 |
| ①と②の優劣 | 登記の先後 | 登記の先後 | 常に①が優先 |
上記の結論は、
- 遺言の有無及び内容を知り得ない相続債権者・債務者等の利益を害する。
- 登記制度や強制執行制度の信頼を害するおそれがある。
<改正後>
相続させる旨の遺言についても、法定相続分を超える部分については、登記等の対抗要件を具備しなければ、所有権について債務者・第三者に対抗することができないこととなりました(民法899条の2第1項)。
| ①の処分の類型 | 遺産分割 | 遺贈 | 相続させる旨の遺言 |
| ①と②の優劣 | 登記の先後 | 登記の先後 | 登記の先後 |
これにより、遺言の有無及び内容を知り得ない相続債権者・債務者等の利益や第三者の取引の安全を確保するとともに、登記制度や強制執行制度の信頼を確保することにもなります。
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
平成30年改正「法務局における自筆証書遺言書保管制度の創設」(令和2年7月10日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
全国 300か所以上の法務局(本局・支局)で、自筆証書遺言を保管できるようになりました。遺言書保管所で保管された遺言書については、家庭裁判所での検認が不要となります。
遺言について
遺言とは、自分が死亡したときに財産をどのように分配するか等について、自己の最終意思を明らかにするものです。遺言がある場合には、原則として、遺言者の意思に従った遺産の分配がされます。
また、遺言がないと相続人に対して財産が承継されることになりますが、遺言の中で、日頃からお世話になった方に一定の財産を与える旨(遺贈)を書いておけば、相続人以外の方に対しても財産を取得させることができます。
このように、遺言は、被相続人の最終意思を実現するものですが、これにより相続をめぐる紛争を事前に防止することができるというメリットもあります。また、家族の在り方が多様化する中で、遺言が果たす役割はますます重要になってきています。
我が国においては、遺言の作成率が諸外国に比べて低いといわれていますが、今回の改正により、自筆証書遺言の方式を緩和し、また、 法務局における保管制度を設けるなどされ、自筆証書遺言が使いやすくなりました。
遺言の方式
遺言の方式には、主に自筆証書遺言と公正証書遺言があります。
自筆証書遺言
自筆証書遺言は、軽易な方式の遺言であり、自書能力さえ備わっていれば他人の力を借りることなく、いつでも自らの意思に従って作成することができ、手軽かつ自由度の高い制度です。今回の改正により、財産目録については自書しなくてもよくなり、 また、法務局における保管制度も創設され、自筆証書遺言が更に利用しやすくなりました。
公正証書遺言
公正証書遺言は、法律専門家である公証人の関与の下で、二人以上の証人が立ち会うなど厳格な方式に従って作成され、公証人がその原本を厳重に保管するという信頼性の高い制度です。また、遺言者は、遺言の内容について公証人の助言を受けながら、 最善の遺言を作成することができます。また、遺言能力の確認なども行われます。
法務局における自筆証書遺言書保管制度
制度のメリット
ア 自筆証書遺言が法務局において適正に管理・保管される
遺言書の保管申請時には、民法の定める自筆証書遺言の形式に適合するかについて、遺言書保管官の外形的なチェックが受けられます。
また、遺言書は、原本に加え、画像データとしても長期間適正に管理されます(原本:遺言者死亡後50年間、画像データ:同150年間)。
そのため、
- 遺言書の紛失・亡失のおそれがありません。
- 相続人等の利害関係者による遺言書の破棄、隠匿、改ざん等を防ぐことができます。
イ 相続開始後、家庭裁判所における検認が不要となる
ウ 相続開始後、相続人等は法務局において遺言書を閲覧したり、遺言書情報証明書の交付が受けられる
遺言書をデータでも管理しているため、遺言書の原本が保管されている遺言書保管所にかかわらず、全国どこの法務局においても、データによる遺言書の閲覧や、遺言書情報証明書の交付が受けられます(遺言書の原本は、原本を保管している遺言書保管所においてしか閲覧できません。)。
エ 通知が届く
- 関係遺言書保管通知
相続人の一人が、遺言書保管所において遺言書の閲覧をしたり、遺言書情報証明書の交付を受けたりした場合、その他の相続人全員に対して、遺言書保管所に関係する遺言書が保管されている旨の通知が届きます。
- 死亡時通知
遺言者があらかじめこの通知を希望している場合、その通知対象となった者(遺言者1名につき、一人のみ)に対しては、遺言書保管所において、法務局の戸籍担当部局との連携により遺言者の死亡の事実が確認できた時に、相続人等の閲覧等を待たずに、遺言書保管所に関係する遺言書が保管されている旨の通知が届きます。
法務省HP
自筆証書遺言書保管制度|10 通知
注意事項
- 自筆証書遺言を法務局で保管するためには、遺言者本人が法務局へ行く必要があります。そのため、遺言者が施設に入所している、病院に入院しているなどの場合には、法務局に行くことができないため、法務局での保管申請をすることはできません(このような場合には、公正証書遺言の作成を検討しましょう。)。
- 法務局では遺言の内容についての相談はできません。不明な点等がある場合は、弁護士などの専門家に相談いただくことをお勧めいたします。
- 本制度は、自筆証書遺言の客観的要件(日付、押印など)は確認してくれますが、遺言書の内容や遺言能力の有無(遺言の内容を理解し、遺言の結果を認識する能力)については、確認してくれません。すなわち、本制度は、保管された遺言書の有効性を保証するものではありません。
そのため、自筆証書遺言の保管制度を利用したい場合には、弁護士等などの専門家に相談をした上で、内容に問題がないか確認をすることをお勧めいたします。
遺言者の手続き
遺言者は、以下の手続きをすることができます。
ア 遺言書の保管の申請
遺言書保管所(法務局)へ自身で作成した自筆証書遺言に係る遺言書を預けることができます。
イ 遺言書の閲覧(モニター/原本)の請求
預けた遺言書を見ることができます。
ウ 遺言書の保管の申請の撤回
預けた遺言書を返還してもらうことができます。
エ 変更の届出
遺言書を預けた時点以降に生じた自身の住所・氏名その他事項の変更を遺言書保管所(法務局)に届け出ることができます。
法務省HP
自筆証書遺言書保管制度|02 遺言者の手続
自筆証書遺言書保管制度|03 遺言書の様式等についての注意事項
自筆証書遺言書保管制度|09 手数料
相続人等の手続き
相続人等は主に以下の3つの手続きをすることができます。
ア 遺言書保管事実証明書の交付の請求
ご家族やお知り合い等が作成した遺言書で、自分を相続人や受遺者等・遺言執行者等とする遺言書が遺言書保管所(法務局)へ預けられているかどうかを確認することができます。
イ 遺言書情報証明書の交付の請求
相続人等に関係する遺言書の内容の証明書を取得することができます。
ウ 遺言書の閲覧(モニター/原本)の請求
相続人等に関係する遺言書を見ることができます。
法務省HP
自筆証書遺言書保管制度|04 相続人等の手続き
自筆証書遺言書保管制度|09 手数料
遺言書保管所の管轄
遺言書の保管の申請は、次の3つのいずれかを担当する遺言書保管所に行います。
- 遺言者の住所地
- 遺言者の本籍地
- 遺言者の所有する不動産の所在地
※ 上記のいずれかの遺言書保管所に、遺言書の保管の申請を行い遺言書が保管されると、遺言書原本は、その遺言書保管所に保管されているので、遺言書原本の閲覧や遺言書の保管の申請の撤回をする場合、必ずその遺言書保管所で行うこととなります。
※2通目以降、追加で遺言書の保管の申請をする場合も、同じ遺言書保管所に対して申請しなければなりません。
法務省HP
07 管轄/遺言書保管所一覧|全国の遺言書保管所の一覧及びその管轄
施行日
本制度は、令和2年7月10日から施行されましたが、それ以前に作成された遺言書も、所定の様式を満たしていれば、保管することができます。なお、平成31年1月12日以前に作成された遺言書の財産目録は、自書で作成されている必要があります。
法務省HP
自筆証書遺言書保管制度|よくあるご質問
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
平成30年改正「自筆証書遺言の方式緩和」(平成31年1月13日施行)

【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
自筆証書遺言に関し、財産目録については手書きで作成する必要がなくなりました。
※ もっとも、財産目録の各頁に署名押印をする必要があります。
<改正前>
自筆証書遺言を作成する場合には全文自書する必要がありました。

<改正後>
自書によらない財産目録を添付することができます。

民法968条1項は、自筆証書遺言をする場合には、遺言者が、遺言書の全文、日付及び氏名を自書して、これに印を押さなければならないものと定めています。
遺言書には、しばしば、「○○をAに遺贈する。」とか「△△をBに相続させる。」といった記載がなされます。遺言者が多数の財産について遺贈等をしようとする場合には、例えば、本文に「別紙財産目録1記載の財産をAに遺贈する。」「別紙財産目録2記載の財産をBに相続させる。」などと記載して、別紙として財産目録1及び2を添付するのが簡便です。このように、遺贈等の目的となる財産が多数に及ぶ場合等には、財産目録が作成されることがあります。
もっとも、多数の財産がある場合の財産目録までも全文自書することは、遺言者にとって相当な負担となります。
今回の改正によって968条2項が新設され、自筆証書によって遺言をする場合でも、例外的に、自筆証書に財産目録を添付するときは、その財産目録については自書しなくてもよいことになりました。なお、自書によらない財産目録を添付する場合には、遺言者は、その財産目録の各頁に署名押印をしなければならないこととされています。
法務省HP
自筆証書遺言の方式(全文自書)の緩和方策として考えられる例(PDF形式)
なお、自筆証書遺言の方式の緩和は、平成31年1月13日に施行されました。同日以降に自筆証書遺言をする場合には、新しい方式に従って遺言書を作成することができるようになります。
同日よりも前に、新しい方式に従って自筆証書遺言を作成していても、その遺言は無効となりますので注意してください。
Q&A
Q.
今回の改正により、自筆証書遺言の方式が緩和されたとのことですが、遺言書全文をパソコンで作成してもいいのですか?
A.
遺言書の全文をパソコンで作成することはできません。
今回の改正では、自筆証書遺言に添付する財産目録については手書きでなくてもよいこととなりましたが、遺言書の本文については、これまでどおり手書きで作成する必要があります。
Q.
財産目録の形式に決まりはありますか?
A.
目録の形式については、署名押印のほかには特段の定めはありません。
したがって、書式は自由で、遺言者本人がパソコン等で作成してもよいですし、遺言者以外の人が作成することもできます。
また、例えば、土地について登記事項証明書を財産目録として添付することや、預貯金について通帳の写しを添付することもできます。 いずれの場合であっても、財産目録の各頁に署名押印する必要がありますので、注意してください。
Q.
財産目録への署名押印はどのようにしたらよいのですか?
A.
民法968条2項は、遺言者は、自書によらない財産目録を添付する場合には、その「毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)」に署名押印をしなければならないものと定めています。つまり、自書によらない記載が用紙の片面のみにある場合には、その面又は裏面の1か所に署名押印をすればよいのですが、自書によらない記載が両面にある場合には、両面にそれぞれ署名押印をしなければなりません。
押印について特別な定めはありませんので、本文で用いる印鑑とは異なる印鑑を用いても構いません。
Q.
財産目録の添付の方法について決まりはありますか?
A.
自筆証書に財産目録を添付する方法について、特別な定めはありません。したがって、本文と財産目録とをステープラー等でとじたり、契印したりすることは必要ではありませんが、遺言書の一体性を明らかにする観点からは望ましいものであると考えられます。
なお、今回の改正は、自筆証書に財産目録を 「添付」する場合に関するものですので、自書によらない財産目録は本文が記載された自筆証書とは別の用紙で作成される必要があり、本文と同一の用紙に自書によらない記載をすることはできませんので注意してください。
Q.
自書によらない財産目録の中の記載を訂正する場合はどのようにしたらよいのですか?
A.
自書によらない財産目録の中の記載を訂正する場合であっても、自書による部分の訂正と同様に、遺言者が、変更の場所を指示して、これを変更した旨を付記してこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じないこととされています。
弁護士法人 長瀬総合法律事務所の所属弁護士
