【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
Point!
相続開始後、遺産分割前に共同相続人の一人が遺産に属する財産を処分した場合に、計算上生ずる不公平を是正する方策を設け、一定の要件のもと、処分された遺産を遺産分割の対象とすることができるようになりました。
<改正前>
特別受益のある相続人が、遺産分割前に遺産を処分した場合に、不公平な結果が生じていた。
(長女による出金がなかった場合)
- 長女:(2000万 + 2000万)× 1 / 2 – 2000万 = 0円
- 長男:(2000万 + 2000万)× 1 / 2 = 2000万円
→最終的に
- 長女:0 + 2000万 = 2000万円
- 長男:2000万円
を取得する。
(出金がされた場合の処理)
遺産分割時の遺産は1000万円のみ
- 長女:1000万 × (0 / 2000万)= 0円
- 長男:1000万 × (2000万 / 2000万)= 1000万円
→最終的に
- 長女:2000万 + 1000万 + 0万 = 3000万円
- 長男:1000万円
を取得する。
(民事訴訟における救済の可能性)民事訴訟でも十分救済されない?
民事訴訟においては具体的相続分を前提とした不法行為・不当利得による請求は困難。仮に成立するとしても、法定相続分の範囲内(上記ケースだと500万円分)にとどまる。
→最終的に 長女 3000万-500万=2500万円 長男 1000万+500万=1500万円 を取得する。
依然として不当な出金をした長女の利得額が大きくなる。
<改正後>
906条の2により、処分された財産(預金)につき遺産に組み戻すことについて処分者以外の相続人(長男)の同意があれば、処分者(長女)の同意を得ることなく、処分された預貯金を遺産分割の対象に含めることを可能とし、不当な出金がなかった場合と同じ結果が実現できるようになった。
長女の取得分:0円(本来の取り分)= 1000万円(出金額)- 1000万円(代償金)
長男の取得分:2000万円(本来の取り分)= 1000万円(残預金)+1000万円(代償金)
(遺産分割審判の例)
「 長女に払い戻した預金1000万円を取得させる。長男に残預金1000万円を取得させる。長女は、長男に代償金1000万円を支払え」
→ 長女及び長男は、最終的な取得額が各2000万円となり、 公平な遺産分割を実現することができる。
改正前では、相続発生後、遺産分割時までに遺産が費消された場合の扱いについては、特段明文上の規定がなかった一方、相続実務においては、「遺産分割時に存在する遺産を分割する」という考え方が一般的でした。
そのため、共同相続人のうち一人又は数人が遺産を費消したとしても、その点を考慮せずに遺産分割することになり不公平であるという批判がありました。
また、改正法では、各共同相続人に対して預貯金の払戻しを認める制度を設けているところ、同制度に基づく適法な払戻しであれば、その後の遺産分割において調整が図られるのに対して、違法な払戻しであればその後の遺産分割において調整が図られないという問題もありました。
そこで、これらの点を考慮すべく、以下のような規定が設けられました。
(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲) 第九百六条の二
遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
判例(最判昭和54年2月22日裁判集民126号129頁)によれば、共同相続人の全員が遺産分割時に存在しない財産について、遺産分割の対象に含める旨合意した場合には、遺産分割の対象となるとされていたところ、906条の2第1項で上記判例が明文化されました。
また、906条の2第2項では、共同相続人の一人が遺産分割前に遺産を処分した場合には、当該共同相続人の同意は不要としており、これにより、改正前より遺産分割の調整が容易になりました。
906条の2は、令和元年7月1日以降に発生した相続に適用されます。
なお、906条の2は、相続開始後、遺産分割前に預貯金が無断で引き出された場合に適用され、被相続人の生前に引き出された場合には適用されません。
生前の預貯金の使い込みのケースについては、こちらをご参照ください。
相続問題サイト
遺産の使い込みのケースにおける3つのポイント