【執筆】弁護士 母壁 明日香(茨城県弁護士会所属)
所有者不明土地については、調査を尽くしても土地の所有者が特定できず、又は所在が不明な場合には、土地の円滑な利用や管理が困難です。
また、所有者不明土地問題を契機に、現行民法の規律が現代の社会経済情勢にそぐわないことが顕在化してきました。
そこで、民法のルールについて、以下のような見直しがなされました。
1 財産管理制度の見直し
(1)土地・建物に特化した財産管理制度の創設
所有者不明土地・建物や、管理不全状態にある土地・建物は、公共事業や民間取引を阻害したり、近隣に悪影響を発生させたりするなどして問題となりますが、これまで、その管理に適した財産管理制度がなく、管理が非効率になりがちでした。
そこで、土地・建物の効率的な管理を実現するために、所有者が不明であったり、所有者による管理が適切にされていなかったりする土地・建物を対象に、個々の土地・建物の管理に特化した財産管理制度が新たに設けられました。
ア 所有者不明土地・建物管理制度
現行法での問題点
現行の財産管理制度(不在者財産管理人・相続財産管理人等)は、対象者の財産全般を管理する「人単位」の仕組みとなっています。
そのため、土地・建物以外の財産を調査して管理しなければならず、管理期間も長期化しがちでした。また、予納金の高額化で申立人にも負担が大きいものとなっていました。さらに、土地・建物の共有者のうち複数名が所在不明者であるときは、不明者ごとに管理人を選任する必要があり、更にコストがかさむこととなっていました。
また、所有者を全く特定できない土地・建物については、既存の財産管理制度を利用することができませんでした。
改正法
1 制度の概要
特定の土地・建物のみに特化して管理を行う所有者不明土地管理制度及び所有者不明建物管理制度が創設され(新民法264条の2〜264の8)、土地・建物の効率的かつ適切な管理を実現できるようになりました。
他の財産の調査・管理が不要であり、管理期間も短縮化する結果、予納金の負担も軽減されます。
また、所有者が特定できないケースについても対応が可能になり、複数の共有者が不明となっているときは、不明共有持分の総体について一人の管理人を選任することが可能になります。
2 管理の対象となる財産
管理命令の効力は、所有者不明土地(建物)のほか、土地(建物)にある所有者の動産、管理人が得た金銭等の財産(売却代金等)、建物の場合はその敷地利用権(借地権等)にも及びますが、その他の財産には及びません(新民法264条の2第2項、264の8第2項)。
※ 所有者不明土地上に所有者不明建物があるケースで、土地・建物両方を管理命令の対象とするためには、土地管理命令と建物管理命令の双方を申し立てる必要があります。土地・建物の管理人を同一の者とすることも可能ですが、土地・建物の所有者が異なるケース等では利益相反の可能性を考慮して慎重に判断することとなります。
3 申立権者
所有者不明土地・建物の管理について利害関係を有する利害関係人が申立権者となります(新民法264条の2第1項、264の8第1項)。利害関係人に当たり得る者の例としては、公共事業の実施者など不動産の利用・取得を希望する者、共有地における不明共有者以外の共有者などです。
※ 地方公共団体の長等には所有者不明土地管理命令・所有者不明建物管理命令の申立権の特例があります(令和4年改正所有者不明土地特措法42条2項・5項)。
4 発令要件等
- 調査を尽くしても所有者又はその所在を知ることができないこと
- 管理状況等に照らし管理人による管理の必要性があること
【所有者の調査方法の例】
・登記名義人が自然人である場合 登記簿、住民票上の住所、戸籍等を調査。
・登記名義人が法人である場合 法人登記簿上の主たる事務所の存否のほか、代表者の法人登記簿上・住民票上の住所等を調査。
・所有者が法人でない社団である場合 代表者及び構成員の住民票上の住所等を調査。
※ 事案に応じて現地調査が求められる。
※ 処分の是非等の法的判断が必要となるケース(売却代金額の相当性の判断や、数人の者の共有持分を対象として管理命令が発せられ、誠実公平義務の履行が問題となるケースを含む。)では弁護士・司法書士を、境界の確認等が必要となるケースでは土地家屋調査士を管理人として選任することが考えられます。
※ 区分所有建物については、所有者不明建物管理制度は適用されません(新区分所有法6条4項)。
5 管理人の権限・義務等
- 対象財産の管理処分権は管理人に専属し、所有者不明土地・建物等に関する訴訟(例:不法占拠者に対する明渡請求訴訟)においても、管理人が原告又は被告となります(新民法264条の4、264条の8第5項)。
- 管理人は、保存・利用・改良行為を行うほか、裁判所の許可を得て、対象財産の処分(売却、建物の取壊しなど)をすることも可能です(新民法264条の3第2項、264条の8第5項)。売却の際には、管理人は、借地関係等の利用状況や売買の相手方を慎重に調査することが重要とされています。
※ 不明相続人の遺産共有持分について選任された管理人は、遺産分割をする権限はありませんが、遺産共有持分に係る権限の範囲内での管理行為や、持分の処分が可能です。 - 管理人は、所有者に対して善管注意義務を負います。また、数人の共有者の共有持分に係る管理人は、その対象となる共有者全員のために誠実公平義務を負います(新民法264条の5、264条の8第5項)。
- 管理人は、所有者不明土地等(予納金を含む) から、裁判所が定める額の費用の前払・報酬を受けます(費用・報酬は所有者の負担となります) (新民法264条の7第1項・2項)。
- 土地・建物の売却等により金銭が生じたときは、管理人は、供託をし、その旨を公告します(新非訟法90条8項・16項)。
6 手続きの流れ
① 申立て・証拠提出
- 不動産所在地の地方裁判所が管轄
- 利害関係人が申立て
- 管理費用の確保のため基本的に予納金の納付が必要
② 異議届出期間の公告
- 1か月以上の異議届出期間等を定めて、公告
③ 管理命令の発令・管理人の選任
- 一部の共有者が不明であるときは、その持分を対象として発令
- 管理人としてふさわしい者(弁護士、司法書士、土地家屋調査士等)を事案に応じて選任
- 管理命令の嘱託登記により選任の事実を公示
④ 管理人による管理
⑤ 職務の終了(管理命令の取消し)
- 売却代金は管理人が供託・公告
- 管理すべき財産がなくなるなど管理の継続が相当でなくなったときは、管理命令を取消し
- 管理命令の登記を抹消
イ 管理不全土地・建物管理制度
現行法での問題点
所有者による管理が適切に行われず、荒廃・老朽化等によって危険を生じさせる管理不全状態にある土地・建物は、近隣に悪影響を与えることがあります。このような土地・建物は、所有者の所在が判明している場合でも問題となります。
現行法では、危険な管理不全土地・建物については、物権的請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権等の権利に基づき、訴えを提起して判決を得、強制執行をすることによって対応してきました。
しかし、管理不全状態にある不動産の所有者に代わって管理を行う者を選任する仕組みは存在しないため、管理不全土地・建物について継続的な管理を行うことができず、また実際の状態を踏まえて適切な管理措置を講ずることが困難となっていました。
改正法
1 制度の概要
管理不全土地・建物について、裁判所が、利害関係人の請求により、管理人による管理を命ずる処分を可能とする管理不全土地・建物管理制度が創設され(新民法264条の9〜264条の14)、管理人を通じて適切な管理を行い、管理不全状態を解消することが可能になりました。
2 管理の対象となる財産
管理命令の効力は、管理不全土地(建物)のほか、土地(建物)にある所有者の動産、管理人が得た金銭等の財産(売却代金等)、建物の場合はその敷地利用権(借地権等)にも及びますが、その他の財産には及びません。
【管理不全土地・建物の例】
・ひび割れ・破損が生じている擁壁を土地所有者が放置しており、隣地に倒壊するおそれがあるケース
・ゴミが不法投棄された土地を所有者が放置しており、臭気や害虫発生による健康被害を生じているケース
※ 管理不全土地上に管理不全建物があるケースで、土地・建物両方を管理命令の対象とするためには、土地管理命令と建物管理命令の双方を申し立てる必要があります。
3 申立権者
管理不全土地・建物の管理についての利害関係を有する利害関係人が申立権者となります。利害関係の有無は、個別の事案に応じて裁判所が判断しますが、利害関係人に当たり得る者の例としては、倒壊のおそれが生じている隣地所有者、被害を受けている者などです。
※ 市町村長には管理不全土地管理命令・管理不全建物管理命令の申立権の特例があります(令和4年改正所有者不明土地特措法42条3項〜5項)。
4 発令要件等
- 所有者による土地又は建物の管理が不適当であることによって、他人の権利・法的利益が侵害され、又はそのおそれがあること
- 土地・ 建物の管理状況等に照らし、管理人による管理の必要性があること
※ 所有者が発令に反対していても、法律上は発令可能です。もっとも、所有者がそこに居住しており、管理行為を妨害することが予想されるなど、管理人による実効的管理が期待できないときは、管理命令ではなく、従来どおり訴訟(物権的請求権の行使等)によって対応することが適切とされます。
※ 区分所有建物については、管理不全建物管理制度は適用されません(新区分所有法6条4項)。
5 管理人の権限・義務等
- 管理人は、保存・利用・改良行為を行うほか、裁判所の許可を得ることにより、これを超える行為をすることも可能です。管理人が行う管理行為の例としては、ひび割れ・破損が生じている擁壁の補修工事、ゴミの撤去、害虫の駆除などです。
- 土地・建物の処分(売却、建物の取壊し等)をするには、その所有者の同意も必要となります(新民法264条の10第3項、264の14第4項)。
※ 動産の処分については所有者の同意は不要です。 - 管理処分権は管理人に専属しません。管理不全土地・建物等に関する訴訟においても、所有者自身が原告又は被告となります。
- 管理人は、所有者に対して善管注意義務を負います。また、管理命令が共有の土地・建物について発せられたときは、共有者全員のために誠実公平義務を負います(新民法264条の11、264条の14第4項)。
- 管理人は、管理不全土地等(予納金を含む)から、裁判所が定める額の費用の前払・報酬を受けます(管理費用・報酬は、所有者の負担となります)(新民法264条の13第1項・2項、264条の14第4項)。
- 金銭が生じたときは、管理人は、供託をし、その旨を公告します(新非訟法91条5項、10項)。
6 手続きの流れ
① 申立て・証拠提出
- 不動産所在地の地方裁判所が管轄
- 利害関係人が申立て
- 管理費用の確保のため基本的に予納金の納付が必要
② 所有者の陳述の聴取
- 原則として、所有者の陳述聴取が必要
- ただし、これにより申立ての目的を達することができない事情があるとき(例:緊急に修繕措 置を施す必要があるケース)は不要
③ 管理命令の発令・管理人の選任
- 管理命令は、所有者に告知され、所有者等の利害関係人は即時抗告可(非訟法56条1項、91条8項1号、 91条10項)
- 共有の土地・建物であっても、共有持分単位ではなく、土地・建物を対象として発令
- 管理人として、弁護士、司法書士等のふさわしい者を事案に応じて選任
※ 管理命令についての登記はされない
④ 管理人による管理
⑤ 職務の終了(管理命令の取消し)
- 売却代金は必要に応じて管理人が供託・公告
- 管理不全状態が解消するなど、 管理の継続が相当でなくなったときは、管理命令を取消し
ウ 財産管理制度の相互関係
土地の所有者の所在が不明である場合には、不在者財産管理制度等の既存の財産管理制度と、新たに設けた所有者不明土地管理制度の要件をいずれも満たし得ます。さらに、加えて、土地が管理不全状態にもあるときは、管理不全土地管理制度の要件をも満たすことになります。
どの財産管理制度を利用するかは、手続の目的、対象となる財産の状況や、管理人の権限等の違いを踏まえ、個別事案に応じて、適切な制度を申立人自身で適宜選択することが想定されています。(※1)
管理の対象 |
管理命令に関する裁判所の手続 |
管理人の権限等 |
||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
管轄 |
公告 |
所有者の陳述聴取 |
管理命令の登記の嘱託 |
権限の |
土地の処分を する場合 |
遺産分割への参加の可否 |
||
不在者財産管理制度 |
不在者の財産全般 |
不在者の従来の住所地・居住地の家庭裁判所 |
― |
― |
― |
― |
裁判所の許可 |
○ |
所有者不明土地管理制度 |
個々の所有者不明土地(土地にある 動産を含む。) |
土地の所在地の地方裁判所 |
○ |
― |
○ |
○ |
裁判所の許可 |
× |
管理不全土地管理制度 |
個々の管理不全土地(土地にある動産を含む。) |
土地の所在地の地方裁判所 |
― |
○(※2) |
― |
― |
所有者の同意 +裁判所の許可 |
× |
(※1)表題部所有者不明土地については、法務局による探索の結果、表題部所有者として登記すべき者がない旨の登記がされる前であれば、所有者不明土地管理制度を利用することになり、その旨の登記がされた後であれば、表題部所有者不明土地法に基づく管理制度によって対応することとなります(新表題部所 有者不明土地法32条1項)。
(※2)管理不全土地管理命令の手続においては、原則として所有者の陳述聴取が必要ですが、これにより申立ての目的を達することができない事情があるときは不要とされています(新非訟法91条3項1号)。
(2)既存の財産管理制度の見直し
ア 相続人不存在の相続財産の清算手続の見直し
現行法の問題点
現行法では、相続人のあることが明らかでない場合における相続財産の清算手続において、①相続財産管理人の選任の公告、②相続債権者等に対する請求の申出をすべき旨の公告、③相続人捜索の公告を、順に行うこととしていますが、それぞれの公告手続を同時にすることができない結果、権利関係の確定に最低でも10か月間を要します。これにより、相続財産の清算に要する期間が長期化し、必要以上に手続が重くなっていました。
改正法
① 制度の概要
選任の公告と相続人捜索の公告を統合して一つの公告で同時に行うとともに、これと並行して、相続債権者等に対する請求の申出をすべき旨の公告を行うことが可能になりました(新民法952条2項、957条1項)。これにより、権利関係の確定に最低必要な期間を合計6か月へと短縮できます。
あわせて、その職務の内容に照らして、相続人のあることが明らかでない場合における「相続財産の管理人」の名称が「相続財産の清算人」に改正されました。
② 経過措置
新法・旧法のいずれが適用されるかは、選任時が基準となります。
施行日(令和5年4月1日)前に現民法952条1項により相続財産管理人の選任がされた場合には、公告手続等は、なお従前の例によることとなります(附則4条4項)。
イ 財産管理制度に関するその他の見直し
相続財産の保存のための相続財産管理制度の見直し
現行法は、相続財産が相続人によって管理されないケースに対応するために、家庭裁判所が、相続財産の管理人を選任するなど相続財産の保存に必要な処分をすることができる仕組みを相続の段階ごとに設けています。
- 相続人が相続の承認又は放棄をするまで(現民法918条2項)
- 限定承認がされた後(現民法926条2項)
- 相続の放棄後次順位者への引継ぎ前(現民法940条2項)
もっとも、共同相続人による遺産共有状態であるケースや、相続人のあることが明らかでないケースについては規定がなく、相続財産の保存に必要な処分ができませんでした。
そこで、相続が開始すれば、相続の段階にかかわらず、いつでも、家庭裁判所は、相続財産の管理人の選任その他の相続財産の保存に必要な処分をすることができるとの包括的な制度に改正されました(新民法897条の2)。
【黒字:現行法でも可能 赤字:改正法により可能に】
相続の放棄をした者の管理義務の明確化
現行法上、相続の放棄をした者は、相続財産の管理を継続しなければならないとされています(現民法940条1項)。
もっとも、管理継続義務の発生要件や内容が明らかでないた め、相続の放棄をしたのに過剰な負担を強いられるケースもありました。
そこで、相続の放棄の時に現に占有している相続財産につき、相続人(法定相続人全員が放棄した場合は、相続財産の清算人)に対して当該財産を引き渡すまでの間、その財産を保存しなければならないことが明記されました(新民法940条1項)。
不在者の財産の管理の合理化
不在者財産管理人による管理、処分等により金銭が生じた場合に、職務を終了できず、管理が長期化していました。
そこで、不在者財産管理人による供託の規律が新設され(新家事法146条の2)、供託をしたときは公告が必要となりました。これにより、適時に職務を終了させることが可能になりました。
※ 相続財産の保存に必要な処分により選任された相続財産管理人についても、同様に、供託の規律が新設されました。