相談前の状況
Yさん(仮名・30代・男性)は、亡くなった父親の相続に直面していました。父は生前、交流のある兄妹(Yさんにとっては叔父・叔母にあたる人たち)をとても大切にしており、頻繁に手紙や電話で連絡を取っていたそうです。
やがて父が病気になり、叔父・叔母が中心となって父の世話を手伝っていたらしく、Yさんは仕事の合間を縫ってたまに見舞いに行く程度でした。父の入院費や生活費は主として父自身の年金や貯蓄から賄われていたようですが、叔父・叔母も何かとサポートしてくれていたとのことです。その点については、Yさんも感謝の気持ちを持っていました。
しかし、父が亡くなった後に開封された自筆証書遺言には、衝撃的な内容が記されていました。
「私の全財産は、○○(父の兄)および△△(父の妹)に遺贈する」
つまり、父の子どもであるYさんと、Yさんのきょうだい(合計2名の子どもたち)をまったく無視するかたちで、父の財産を兄妹に渡すというものだったのです。
Yさんにとって、父の遺産の内容はある程度想像がつくものでした。父名義の持ち家と敷地、さらに預貯金や株式などの金融資産がそこそこ残っているはずです。もっとも、具体的な額までは把握していませんでした。叔父や叔母が父の面倒を見てくれていたため、父の口座の管理も含めて父の兄妹が主導していた可能性が高い状況でした。
遺言書を発見した時点で、叔父からは
「お前のお父さんは自分が面倒を見てきたようなものだから、この遺言書で全部もらうのは当然だ。異議を唱えるなら裁判でも何でもやればいい」
というような強い口調の言葉をかけられ、Yさんは非常に落ち込みました。同時に、内心では「父は確かに叔父たちの助けを受けていたかもしれないが、私たち子どもに全く相続させないというのはおかしいのでは」と感じずにはいられませんでした。
そこでYさんは相続関係の情報を調べ、子どもには“遺留分”という最低限の取り分が法律上認められていることを知りました。しかし、遺言書がある場合でも本当に遺留分を確保できるのか、叔父・叔母と話し合いができるのか、争いが長引かないかなど、多くの不安がありました。やはり法律の専門家に相談するのが近道だと考え、当事務所に連絡をいただいたのです。
相談後の対応
(1)自筆証書遺言と遺留分の関係を整理
まず、当事務所の弁護士がYさんから事情を詳細に聞き取ったうえで、次のポイントを確認しました。
- 遺言書の形式と有効性
自筆証書遺言が法律上の要件(全文・日付・署名・押印など)を満たしていれば、有効性は原則として認められます。今回の遺言書は一見すると正式なものに見え、要件を欠くとは言い難いものでした。ただし、たとえ有効でも、法定相続人の遺留分を完全に無視できるわけではありません。 - 遺留分の権利者と割合
子ども(直系卑属)には、法定相続分の1/2が遺留分として保障されます。細かい計算は遺産の総額次第ですが、大枠としては父の遺産の1/2程度が2名の子どもたちの遺留分となるイメージになります。 - 叔父・叔母の対応と財産管理
叔父・叔母が父の財産管理を主導していた可能性があるため、不透明な出金や資産の動きがないかを確認しなければなりません。遺産総額が正しく把握できないと、遺留分を計算して請求することも難しくなります。
これらを踏まえ、当事務所では「遺留分侵害額請求」を正式に行うために、まずは遺産の範囲と評価を把握することを最初のステップと位置づけました。
(2)財産調査・財産評価の実施
Yさんは父が持っていた不動産や預貯金、株式などについて、あまり詳しい資料を持っていませんでした。そこで、以下の方法で財産調査と評価を行いました。
- 不動産の情報収集
父名義の土地と建物について登記事項証明書を取り寄せ、固定資産税評価額や近隣の取引事例を調べました。また、必要に応じて不動産会社に依頼して概算の査定額も出し、市場価格の目安を把握しました。 - 預貯金・株式の洗い出し
父が生前利用していた可能性のある金融機関の口座を調べ、戸籍謄本や相続手続に必要な書類を整えたうえで、取引履歴を確認しました。また、父が生前に投資関係の情報誌を購読していた記録があったため、株式や投資信託の有無もチェックしました。 - 叔父・叔母からの情報開示の請求
相手方(叔父・叔母)に対して、父の財産管理状況を開示するよう求めました。具体的には「父の入院中にかかった費用はどの口座から出されていたのか」「生命保険契約の受取人は誰か」など、書面による説明を要求しました。
こうした調査を進めるうちに、父の金融資産は思ったよりも多くはなく、預貯金や株式を合わせても数百万円程度でした。一方、不動産の評価は、固定資産税評価額よりも実勢価格が高めに出る可能性があり、総額としては一定の遺産になることが判明しました。
(3)叔父・叔母への遺留分侵害額請求と交渉
財産の概算額を把握したところで、当事務所は叔父・叔母に対し、書面で正式に「遺留分侵害額請求」を行いました。
もし相手方が遺留分請求を認めずに紛争が拗れるなら、法的手続き(調停・審判・訴訟)に進むことも考えられます。その場合、相手方も大きな負担を強いられることになります。
そこで当事務所の弁護士は、いくつかの「水平思考」に基づく戦略を立てました。従来の相続トラブルでは、「遺留分を確保したい子ども側」と「遺言書を盾に拒否する相手側」が真正面からぶつかり合いがちです。しかし、今回の事例では相手方(叔父・叔母)がすでに高齢であることや、将来にわたって不動産を管理していくのは負担となる可能性がある点などを丁寧に説明し、早期解決のメリットを強調しました。
- 現金化の選択肢
「もし相手方が『全財産をもらう』という意思を貫くなら、不動産を売却して現金化することも一つの方法。しかし、その際には当然Yさんたちの遺留分を考慮した分配が必要になる。長期の売却交渉や法的手続きに費やす労力を考えた場合、今の段階で落としどころを探るほうが得策ではないか。」
(4)約1000万円の遺留分を取得して解決
交渉の末、不動産については相手方(叔父・叔母)が取得する代わりに、Yさんたち子ども側には現金を支払うという案が浮上しました。具体的には、「不動産の評価額をもとに、Yさんたちの遺留分に見合った金額を算定し、相手方が一括で支払う」という内容です。
不動産の査定に関しては、路線価や不動産会社の評価額などを総合し、相手方・子ども側ともに納得できる数字を導き出しました。そして、双方の話し合いを重ねた結果、最終的に約1000万円をYさんが受け取る形で合意となりました。
通常、相続問題が調停・審判・訴訟に進むと、結論が出るまでに長期間を要するうえ、感情的なしこりが残りやすいというデメリットがあります。しかし、今回は交渉段階で落としどころを見つけ、協議により比較的早期に解決できたのが大きなポイントです。
担当弁護士からのコメント
今回の事例は、「自筆証書遺言で全財産を兄妹に遺贈する」と明記されていたため、依頼者のYさんは相談当初、「もう何ももらえないのではないか」と諦めてしまう面もありました。しかし、相続人(子ども)には“遺留分”という最低限の権利が法律で定められています。どんなに偏った遺言書であっても、遺留分まで否定できるわけではありません。さらに遺産の総額を正確に把握し、評価を行うことで、適正な遺留分侵害額を請求することが可能になります。
また、実家や土地など不動産が含まれる遺産は、評価方法によって価値に大きな幅が出る場合があります。路線価や固定資産税評価額だけでなく、市場での実勢価格や将来的な需要も加味する必要があるため、プロの知識や視点が欠かせません。今回のケースでも「不動産の評価」を行うことで、相手方(叔父・叔母)に対し説得力のある数字を提示できました。
さらに、当事務所が重視しているのは「水平思考」に基づいた問題解決です。遺留分トラブルでは、どうしても「遺言書vs.遺留分」の構図に固執してしまいがちですが、実際には相手方の心理状態や費用対効果、将来にわたる不動産管理の負担など、さまざまな視点からアプローチして交渉の糸口を探ることができます。
- 相手方にとっての不利益を具体化
不動産を所有しても維持管理費がかかることや、使い道がなければ売却先を探す手間が発生することなどを丁寧に伝える。 - 訴訟リスクの提示
使途不明金や財産管理の不透明な部分がある場合、法的手続きに移行した際に相手方が不利になるリスクを示唆する。 - 依頼者の感情面への配慮
依頼者が「やはり血のつながった親の遺産だから最低限は受け取る権利がある」と強く思う場合、その気持ちを尊重した交渉ゴールを設定する。
こうした柔軟な発想と交渉戦略を組み合わせた結果、短期間で約1000万円の遺留分を確保することができました。また、相手方にとっても「問題が長期化せず、不動産を法的にすっきりと引き継げた」という利点がありました。
相続問題は、親族間の関係が微妙に影響し合い、思いもよらない方向に複雑化することが多々あります。「遺留分はよく分からない」「自筆証書遺言が絶対的に有利だと聞いて諦めていた」という方でも、ぜひ一度専門家にご相談ください。法律的に保証された権利を諦める必要はありませんし、解決策の選択肢は想像以上に多いものです。
当事務所では、依頼者の方の想いや将来の生活設計を大切にしながら、法的側面と交渉戦略を組み合わせて最適な着地点を模索いたします。自筆証書遺言の真偽や有効性で悩んでいる方、遺留分を請求したいけど相手と対立したくない方など、どんな状態でも諦めずにまずはご相談ください。今回の解決事例が、同じようなお悩みを抱える皆様の参考になれば幸いです。
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